第174話 秘密のクリスマス会②
そうしてやってきたクリスマス当日も、当然のようにクラスの子たちにバレないようにこっそりと会うのだった。
また先日と同じ、学校近くの公園で待ち合わせをしていた。
「ごめんなさい、美衣子待たせてしまったわ」
「だから、5分前に到着して謝らないでよね」
早くやってきていた美衣子に、またいつものように灯里が謝ってきた。
「それにしても、美衣子は今日も随分と早いのね」
「灯里と違って一人で帰ってるから、融通が効くのよ」
楽しみだったから早足で待ち合わせ場所に来てしまった、とは言えない。
それから、ゆっくりと、美衣子の家に向かって一緒に歩き出す。
「一応、ケーキも買ってきたんだけど、美衣子って苦手なものとかなかったわよね……? 先に聞いておいたらよかったのだけど、学校でなかなか会える機会もないし、美衣子はメッセージアプリもやってないって言ってたから……。さすがに電話で聞くのもなんか違う気がするし」
「苦手なものはないわ。でも、それどこ情報よ? わたしメッセージアプリやってるわよ?」
まあ、クラスメイトは誰も追加していないからやっている意味はほとんどないけれど、と心の中で追加で伝えておく。
「美衣子がこの間の校外学習で自分で言ってたと思うけど……」
灯里が困惑した調子で伝えてきてから思い出した。そういえば、灯里にメッセージアプリの情報を教えたくないから、電話番号だけ教えたのだ。思い出してから、慌てて取り繕う。
「あ、違うの。わたし、最近メッセージアプリを入れて……」
言い訳がましくなったのに、灯里は「そうなのね。じゃあ、ちょうど良かったわ」と微笑んでから、自然な手つきでQRコードを読み込ませて、さっさと交換をした。
そんな調子でしばらく歩いていると、美衣子の家に着く。
「あんたの家みたいに広くないけど、とりあえず上がってよ」
灯里の家のお屋敷とは違って、美衣子の家は普通の住宅。広くもないし、狭くもない。
「反応に困るようなこと言うのはやめてほしいわ」
灯里は適当に脱ぎ捨てた美衣子のローファーもきちんと並べてから家にあがる。廊下を歩くときに、まったく足音を立てないし、細かいところから良家のお嬢様というのが伝わってくる。
部屋に入り、美衣子が机の前に座る。てっきり灯里が机を挟んで真正面に座るものと思っていたのに、なぜか美衣子の横に座った。
「なんで横なのよ……」
「寒いし、距離近い方がいいでしょ?」
「うちのエアコンの効きが悪いってこと?」
美衣子が尋ねると、灯里が失笑した。
「ちょ、ちょっと、なんで笑ってるのよ!」
「美衣子が面白いこと言うからよ。大丈夫よ、エアコンちゃんと効いてるから」
「だとしたら、横に座っている意味がわからないけれど、まあいいわ」
美衣子はそれ以上何も言わずに横に座りたがっている灯里を受け入れた。
目の前に置かれた、すでに切ってあるブッシュドノエルを2人で見つめる。切りにくそうなケーキだし、家で切ってから運ぶと移動中に崩れたりしそうだけど、そんなことはなく、一瞬切られていることがわからないくらい丁寧に切り分けられていた。灯里が器用に運んでくれたみたいだ。
「丸々一本持ってきたのね……。2人で食べる分には大きくない?」
「余ったら持って帰るわ」
灯里が微笑んだ。すぐ真横にある灯里の笑みが美しかったから、思わず緊張してしまう。
お皿を取ってきてから、目の前に一切れずつブッシュドノエルを並べた。灯里がソッと一切れ切ると、美衣子の前にフォークに乗ったケーキを持っていく。
「口開けてもらえるかしら?」
「どういうつもり?」
「食べさせてあげようと思って」
美衣子が苦笑する。
「遠慮しておくわ。子供じゃないんだから。灯里の考えていることはよくわからないわ」
真面目な子だと思っていたから。食べさせようとするなんて、面白いことをする子でちょっと意外だった。
「でも、灯里って意外と面白いのね」
「……面白いことをしたつもりはないわよ?」
美衣子は誉めたつもりだったけれど、灯里はピンと来なかったらしく、首を傾げた。
もしかして、本当に美衣子のことを子ども扱いしているということだろうか。それはそれで少し恥ずかしい。
「そんなことよりも美衣子の口元のクリームついてるわよ?」
「やば。すぐ取るわね」
慌てて口を拭う為にティッシュを取ろうとしたけれど、それより先に灯里が美衣子の唇に人差し指で触れた。
突然の行動に、「へ?」と間の抜けた声を出してしまう。
至近距離で、人差し指で唇に触れられてしまい、緊張してしまう。
灯里の人差し指がゆっくりと美衣子の唇を這っていきくすぐったい。呼吸をすると、灯里の指に吐息がかかってしまいそうだから、息を止める。
女性同士なのに、灯里の長い睫毛の目立つ、切長の瞳としっかりと目があってしまい、ドキリとしてしまう。鼻先が触れてしまいそうな近い距離でじっと目が合ってしまったから、顔を逸らしたかったのに、灯里の瞳が美衣子の視線を吸い込むように錯覚してしまい、目が離せなくなった。
近いから、と灯里に指摘しようと思ったけれど、それよりも先に灯里のリップクリームしか塗っていない薄い色の唇がゆっくりと動く。
「ねえ、美衣子」
灯里に呼びかけられて、何? と返事をする前に、すぐ横にいた灯里の唇が美衣子の唇にくっついた。
温かくて柔らかい感触。ほんのり甘いチョコレートクリームの味。
それが美衣子にとって初めてのキスだった。
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