第173話 秘密のクリスマス会①

新たな友達関係になった美衣子と灯里だけど、学校ではまた席が近くになったばかりの頃ような、よそよそしい関係に戻っていた。


もう灯里は美衣子に無理に話しかけるのはやめていた。美衣子も当然灯里に話しかけることはない。


だけど、変わったこともいくつかある。


まず、美衣子が灯里を呼ぶ時の呼び方が「楪」から「灯里」に変わった。この間の無理やり仲良くしている時のような無理をした言い方ではなく、親しみを込めて「灯里」と呼んでいる。


そして、灯里は少しずつ優等生をやめているようにも見えた。学校の成績が良いという意味では相変わらず優等生だけど、無理な八方美人をしている機会が減ったように見えた。表面上では変わらないけれど、美衣子というきちんと信頼できる友達を作ったから、少し無理をしている度合いが減ったというか……。


確かなことは言えないから、もしかしたら、この間"唯一の友達"と言ってもらえた優越感みたいなところから出てくる傲慢さなのかもしれない。まあ、どっちでも良いけど。少なくとも、美衣子にとっても灯里にとっても学校生活が少しずつ変化していっているのは確実なのだから。


じわじわと仲がよくなっていった11月下旬頃のある日、美衣子のブレザーのポケットに灯里がソッと器用に手紙を入れた。


『16時半にコンビニ前の公園で』


チラッと灯里の方をみたら、取り巻きに机周りに壁を作られながらも、その隙間から美衣子に視線を合わせて微笑みを向けられた。綺麗な笑みに、思わずドキリとしてしまう。


美衣子はサッと視線を逸らして席を立つ。美衣子が離れた場所から見る灯里はいつものように取り巻きの子たちに優しく接していた。


約束の時間に遅れないようにその日はいつもよりも早足で学校を出た。


「ちょっと早く来ちゃったわね」


約束の16時半よりも少し早く来て待ってしまっているのは、どうしてだろうかと考える。あまり認めたくないけれど、きっと灯里と会うのが楽しみなのだろう。美衣子にとって、高校に入ってから初めての友達だから。


「ごめんなさい、美衣子。少し待たせてしまったみたいね」


そう言ってやってきたけれど、灯里はきっちり約束時間の5分前にやってきていた。さすが天性の優等生。


「よく言うわ。きっちり5分前に来たのに。それで謝られたらわたしたち毎回どっちかは謝らないといけなくなるじゃない」


美衣子は呆れたように言うと、灯里が小さく笑った。


「そうね、じゃあさっきの謝罪は取り消すわ」


「いや、取り消さなくても良いけどさ……」


やっぱり灯里は少しズレている。真面目すぎて変わっているのかもしれない。ただ、クラスの子と一緒にいる時には、表面上の付き合いしかしていないから、ボロは出さずに完璧な子のままだけど。


「なんとなくわかってきたわ、あんたのこと……」


美衣子がため息をついたら、灯里は首を傾げていた。


「それにしても、まさか灯里と仲良くすることになるなんておもわなかったわ」


「わたしは初めから美衣子と仲良くするつもりだったわよ」


「それは優等生楪灯里として、でしょ?」


「ええ、もちろん」と灯里はまったく隠すことなく認めた。


「でも、珍しいわね。学校終わりに会うなんて?」


いつもは、灯里が職員室にノートを持っていくために一人になっているときに少しだけ会話をしたり、教室でこっそり視線を交わすくらいに留めているのに、珍しい。


「なんだか物足りなくなっちゃったの。もっと美衣子に会いたくなって……」


「そりゃどーも」と照れ隠しをして素気なく答えたけれど、美衣子の方もなぜだか灯里と一緒にいるのは居心地が良かった。


クラスの人気者灯里とボッチの美衣子、合うはずがないのに、なぜか気が合ってしまう。素の灯里の自分を持っているところが美衣子は好きだった。


それから会話が終わってしまったから、美衣子はスマホを触り出した。別に灯里と一緒にいることが苦痛なわけではない。ただ、気が許せるから、何も気にせずスマホを触ることができた。


「今年の秋は暖かいけれど、そろそろ冷え込んでくるのかしら」


「さあ、わたしは気象予報士じゃないからわからないわ」


「そうね」


淡白な会話をしながら、灯里も本を取り出した。小説みたいだけど、普段本を読まない美衣子にはその本がどんな内容の本なのかはまったくわからなかった。


「その本好きなの?」


ええ、と灯里が嬉しそうに頷いた。


「美衣子も読みたかったら貸すわよ?」


「いいわよ。わたし本なんて三行読んだら飽きちゃうから」


「もったいないわね。面白いものいっぱいあるのに」


「趣味は人それぞれでしょ」


それもそうね、と言ってクスッと笑った灯里が小説の方に視線を戻したから、また会話が止まった。


美衣子は一人でスマホを触っているし、灯里はずっと本を読んでいる。そばを通る人からすると、それぞれ面識のない2人が距離感を誤って同じベンチのすぐ隣同士で座っているように思うかもしれない。


別に一緒にいる意味なんて無いと思われるかもしれない。けれど、この状態がとても心地よかった。すぐそばに、灯里の呼吸音が聞こえ、少しだけ触れている肩越しに体温が伝わってくるこの状態が。


(誰かと一緒にいるのって、随分と心地良いのね……)


美衣子がホッと息を吐くと、灯里が声をかけてくる。視線は本の方から離さずに。


「ねえ、美衣子」


「何?」


「クリスマスの日って空いてる?」


「ええ、空いてるけど」


「なら、その日一緒に会わない? クリスマス会しましょうよ」


灯里が本をパタリと閉じて、ふう、と息を吐いて、前を向く。ずっと本を見ていて肩が凝ったのか、グルリと首を大きく回した。


「そのクリスマス会って、まさかと思うけど、あんたの取り巻きも一緒じゃないわよね?」


「まさか。せっかくのクリスマスだもの。わたしは美衣子と2人で一緒に過ごしたいわ」


嬉しいけど、あれだけ灯里のことを好きな取り巻きの子たちがほんの少しだけ可哀想にもなった。まあ、上辺だけの仲を作っている方が悪いか、と割り切る。


「なら、わたしに断る理由はないわ。家に来てくれて大丈夫よ」


灯里の家は先日親に演説をしてしまったばかりだから、行くのが恥ずかしかった。


「楽しみにしとくわね」


灯里が横に座る美衣子の方に顔を向けてニコリと微笑んだ。すぐ横にいる灯里と目を合わせたら緊張してしまいそうで、美衣子は視線を合わせずに、「ちゃんと掃除しておくわ」と答えておいた。

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