第172話 楪を引き離せ!④
「ねえ、さっきのは何? どういうつもりよ?」
「どう言うつもりも何も、面倒くさいからもう関わらないように両親含めて釘を刺しただけ。確かにわたしのしたことは失礼なことだったと思うし、あんたを裏切ったのは悪かったわ」
美衣子が一応謝ったけれど、楪は何も答えはしなかったから、言い訳のように続ける。
「けど、元はと言えば、あんたが執拗に絡んできたせいだからね? 怒ってるかもしれないけど、それはあんたのせいでもあって――」
「違うわ。わたしは怒ってない」
じっと美衣子の目を見つめながら言ってくる。目鼻立ちがくっきりとした楪の顔は、しっかりと真正面から見つめると、ゾッとするほど美しい。
至近距離でじっと見つめていると、変な感情が湧いてしまいそうだから、美衣子は一歩後退りをして目を逸らす。
「ねえ、鵜坂さん。あなたあれだけわたしのこと嫌っていたのに、どうしてわたしのこと庇うようなこと言ってくれたの?」
相変わらずの強い目力で、美衣子のことを見つめてくる。
「庇ってなんかないわよ、わたしはただ鬱陶しいからやめてほしいって正直に伝えただけ」
「そうかしら? さっきの内容、わたしの為を思ってというのもあるように聞こえたけど。まるで、わたしが優等生をやめて、自由の身になった方が良いって言っているみたいだったわ」
ジッと心の奥を覗き込んでくるような楪の瞳の前では嘘をつけないような気がした。嘘をついてバレてしまったら、面倒なことになりそうだし、そこは認めた。
「一応、あんたも幸せになれたらいいと思ったら言っただけ。今のままで良い訳がないし。けど、第一にはわたしへの粘着をやめて欲しかったし、次はわたしみたいに無理やりあんたに友達になれって迫られる人が出て欲しくないってこと。楪のことはついでのついで」
「わたしのこと嫌いだったのに、気遣ってくれたのね……」
楪が少し微笑んで美衣子の方を見た。
「なんか勘違いしてるけど、あんたのことは一番優先順位低いからね?」
「だとしても、鵜坂さんは散々鬱陶しがっていたわたしのことも気遣ってくれたことには変わらないでしょ? ずっと本音ばかり言って嫌ってきていた鵜坂さんがわたしのことを気遣ってくれたって考えても良いのよね?」
「良いのよねって聞かれても、知らないわよ。そこまで考えてないし、わたしの言葉の解釈は楪が好きなように受け取ってくれていいから。まあ、正直あんたが優等生の顔でウザ絡みしてきた時に比べたら、かなり印象は良くはなってるけど」
「そこまで感情を教えてくれるのね……」
楪が苦笑いをしてから、また真面目な顔をして美衣子を見る。
「あの、鵜坂さん。その……、鵜坂さんはわたしのこと嫌いなのはわかっているけど、正直わたしはあなたのこと、クラスの誰よりも信頼できるかもしれない……」
「はぁ?」と美衣子が呆れ声を出した。
「何をどう思えば、わたしが信頼できるわけ? あんたに大嘘ついて親の前で文句言って、あんたのこと裏切ったのに」
「鵜坂さん、……ううん、美衣子はわたしにも容赦ないから疲れないのよ」
「どう言う意味よ?」
「クラスの子はみんな、わたしに好かれようとしてくるから」
確かに、楪に対しては、取り巻きの子含めてみんな楪の機嫌は損ねないようにしている。それこそ、憎っくき美衣子に対しても、楪の名前を出しておくだけで、嫌がらせができなくなる程度には。
それに、美衣子は楪の陰口や悪口を聞いたことがない。誰にでも優しく接している楪のことは、嫌おうとしたら、嫌った人間が悪役になってしまうような、そんなオーラもある。美衣子が楪の優しさを拒んだら、一瞬にしてクラスの子たちから白い目で見られたみたいに。
「良いことじゃないの。みんなから好かれるんでしょ?」
美衣子とは真逆だ、と思った。
「好かれているわたしは、優等生の仮面を被って生きてるわたしなのだけれど、それが良いことなのかしら? わたしも鵜坂さんみたいに能天気に生きたいわ」
「その言い方、全然優等生じゃないと思うけど……」
「鵜坂さんと一緒にいるときだけ、本心でいられるから、とっても楽なのよ。鵜坂さんは平気でわたしのことをディスるし、注意もする。だから、わたしも本当のことを面と向かって言いやすいから」
「本心って宣言した上で、面と向かってノー天気って言われたら困るんだけど……」
とはいえ、美衣子が見てもわかるくらい楪の考え方や生き方は疲れそうだったし、優等生の仮面を被っていると言われたらしっくりきた。
「だからね、その……」
楪は言いにくそうに俯いた後、顔を上げて、しっかりと美衣子のことを見つめてくる。
「な、何よ……」
「友達になってほしいの」
「友達になってほしいって、またこれまでみたいに友達ごっこ継続するってこと? わたし、それが嫌であんたの親の前でわざわざあんな緊張することしたわけだけど?」
「違うの、そうじゃないわ。今までみたいに優等生の仮面を被ったわたしとしてではなく、仮面を剥いだ本当のわたしの友達として、仲良くしてほしいの……」
「本当のわたしって言われてもねぇ……」
「お願い、鵜坂さん……、ううん、美衣子。わたしの唯一の心の底からの友達になってちょうだい」
「なんか重くない……?」
困惑はしたけれど、作り物の笑みを貼り付けている楪と違う、観覧車の中だったり、今日会った本心を伝えてくる楪だったり、少し毒っ気のある彼女は嫌いではなかった。
少なくとも、本心から友達になりたいと言われてそれを拒むほど、美衣子には拒絶の意識はなかった。小さくため息をついてから、頷いた。
「別にわたしも今のあんたのことはそんなに嫌いじゃないから良いけど、また取り巻きが面倒くさかったら絶交するからね?」
「ええ。だから、表向きはそんなに仲良くしなくても構わないわ。美衣子の気が向いた時だけ仲良くしてほしい」
「別にそんな一方的な関係にしなくても良いわよ。でも、こっそり仲良くするのには賛成。あんたの取り巻きめんどくさいから、見てない時に仲良くしましょう」
美衣子が言うと、灯里は嬉しそうに頷いたのだった。
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