第171話 楪を引き離せ!③
楪がリビングに美衣子を案内する。
リビングに行くと、大きなソファーがあり、楪の両親が座っていた。クラス内で飛び抜けての美人の楪の親だけあって、2人とも、とても顔立ちが整っている。まるで、ドラマの中で役者さんが演じる家庭みたいの中に美衣子だけ紛れ込んでしまったみたいで、浮いているように感じてしまう。
母親はほんのり欧風の顔立ちをしているから、もしかしたら楪の祖父母のどちらかは海外の人なのかもしれない。そんなことを考えていると、
「この人がお友達の鵜坂さ……、美衣子よ」
楪が紹介するから、優しそうだけど、芯の通っていそうな強い瞳が美衣子のほうに向く。もちろん、とても和やかな表情で。それでも、面と向かって見つめられると、値踏みされているみたいでなんだか緊張してしまう。
言うべきことも忘れてあたふたしている美衣子に向けて、和やかな笑みを伴ったまま、楪の父親が声をかける。
「君が鵜坂美衣子さんかい? 灯里から話は聞いているよ。いつもありがとう」
一応、「こちらこそ」と会釈をしたけれど、一体何をどう説明していれば、いつもありがとう、という言葉になるのだろうか。楪のことだから、また適当に自分の評価が上がるような美衣子の姿を作り上げてしまっているに違いない。
そんな訝しげな感情を伴った視線を楪に向けたからか、楪は慌てて話を遮った。
「さ、美衣子座って!」
灯里が無理やり美衣子のことをソファーに座らせる。今まで座ったことがないようなフワフワのソファーは体の全てを吸い込みたいに座り心地がよかった。
「えっと……、鵜坂美衣子と言います。わたし、元々はクラスで一人ぼっちだったんですけど、灯里さんにはいつも声をかけてもらってるんですよ。おかげで一人でいる時間は少なくなりました」
昨日の晩脳内で何回も復唱した言葉を繰り返す。ここまではすんなりと声に出たけれど、この後の言葉がスムーズに出るのかはわからなかった。緊張して次が言えなかった美衣子よりも先に、楪の母親が声を出した。
「美衣子ちゃんって言うのね。いつも灯里と仲良くしてくれてありがとうね。ちょっと紅茶を淹れてくるわ」
「いえ、お気遣いなく」
立ちあがろうとした母親を美衣子は制した。
「遠慮しなくてもいいのよ?」
「いえ、わたしもうすぐお
この挨拶を終えたらどのみち家に帰る。だから、さっさと終わらせたかった。少し不安そうな表情をしている楪や、不思議そうな顔をしている楪の両親を気にせず続けた。
「すいません、わたし本当は楪さんの友達として来たわけじゃないんです」
「う、鵜坂さん……?」と困惑気に美衣子の方を見る楪を気にせず、美衣子は立ち上がってから続けた。
「確かにわたしは楪さんにいつも声をかけてもらったりしていますが、正直言って困ってます。わたしは好きで一人でいるのに、楪さんがご両親や先生の顔色伺っているせいで、無理やりわたしと仲良くしようとするのが、とても迷惑なんです。だから、やめてほしいです」
「鵜坂さん、やめて」と言っている楪のことは無視する。先ほどまでの温かいリビングの空気がすっかり冷えていたけれど、美衣子は続けた。
「ご両親も灯里さんのこともっと自由にさせてあげた方が良いんじゃないでしょうか? 今の灯里さんは、周りの顔色伺っているせいでやりたくもないことをたくさん抱え込んでしまっている状態です。せっかくの高校生活も、仲良くしたくない子と仲良くしてしまったら、灯里さんの為にもならないと思いますし……」
そこまで言って、美衣子はだんだん恥ずかしくなってきた。楪と離れるためとはいえ、そんな偉そうにお説教みたいなことを言える立場ではない気がするのに。
もうすでに、楪とは仲良くしなくても済みそうなくらい言うべきことは伝えた。だから、もうこれ以上何も言わずに帰ればいいけれど、とりあえず楪が両親の目を気にしないようになってくれないと、これからも美衣子のように無理やり仲良くしようとされてしまう人が出てきてしまうかもしれない。
美衣子は自分の意見を言えたからいいけれど、おとなしい子だったら灯里に流されるまま仲良くして、取り巻きの子たちから冷たい目で見られてしまいそうだし。そもそも、一人でいる子はおとなしい子の方が多い気がするし。
それに、楪だって親や教師の目を伺って好きでもない子と仲良くしたって良いことにはならないだろうし。できればみんなが幸せになれる解決策を提示できた方がいいに決まっている。
「灯里さんが自分の意思でやりたいことをできるようにしてあげないと、灯里さんの為にならないと思いますので……。えっと、その……、だから灯里さんの自由にさせてあげてくださいってことでぇ……」
楪を自身から引き離すためとは言え、初対面の楪の両親の前で演説みたいな真似をしてしまった恥ずかしさから、最後の方は小さな声でボソボソと伝えてしまった。
「そ、それでは……。今日はお邪魔した〜」とあえて軽い調子で頭を下げてから、そそくさと逃げるようにして楪の家を出た。慌ててスニーカーを履いて、逃げる。
恥ずかしかったけど、これでなんとか終わらせることができた、と外に出てから安堵をしていたのに、なぜか後ろから楪がついてきていたから、美衣子は慌てて逃げた。
「ま、待って! 鵜坂さん!」
「げっ、なんであいつ追いかけてきてんのよ!」
どうやらかなり怒らせてしまったようで、楪は後ろから走って追いかけてきていた。
「めんどくさ……」
追いつかれたくないから必死に走ったけれど、楪は体育の成績も学年トップクラスだった。平均くらいの走力の美衣子はすぐに追いつかれてしまう。
息を切らしている美衣子とは違って、美衣子の手首を掴んでいる楪は涼しげな顔をしていた。
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