第169話 楪を引き離せ!①

「ねぇ、灯里! 今日は一緒にお弁当食べようよ!」


校外学習の翌朝、学校に来た美衣子は朝一番で可愛らしい声を出してゆずりはに近づいた。楪はほんの一瞬、他の子に見えないくらいの一瞬だけ不快さを露わにした表情をしてから、すぐにいつもの微笑みに戻る。


「もちろんよ。やっと鵜坂さんに思いが伝わって嬉しいわ」


「鵜坂さんなんて他人行儀の呼び方しなくてもいいよ。美衣子って呼んで!」


「えっと……。じゃあ、美衣子、一緒にお昼食べましょう」


「やったね! 灯里大好き!」


座っている楪のことをギュッと抱きしめた。我ながら気持ち悪いことをしているのはわかっているけど、さっさと納得させるにはこのくらいしてやったほうが良い。楪も困惑しているみたいだったけど、一応表面上は仲良くしてくれてはいる。


休み時間に楪の取り巻きたちがやってくるのは想定内だった。楪が席を離れたのを見計らって、美衣子の元にやってくる。


「ねえ、鵜坂、あんた何考えてるわけ? この間まで灯里のこと拒んでたと思ったら突然気持ち悪いくらい仲良くしてさ」


「わたしも灯里と仲良くなれそうだったから、仲良くしてるだけよ。嫌だったら離れようか? 灯里にあんたたちに意地悪されたから、もう仲良くできないって言うけど」


そう言うと、取り巻きは顔を真っ赤にし出した。楪と違って、こっちはころころ表情を変えるから、わかりやすくて助かる。楪に嫌われることは、この子たちにとっては何よりも大事件なのだ。美衣子の思惑通り動いてくれてなんだか面白かった。


「鵜坂マジうざいわ」と捨て台詞を吐かれてしまったけれど、そんなことはどうでも良かった。この子たちには好かれようが嫌われようが、美衣子の高校生活には何の影響も及ぼさないのだから。


お弁当の時間には、きっちり楪の横を陣取った。


「灯里、口開けて〜」


「え? どうして?」


「やだなぁ、お友達なんだから、食べさせてあげたいんだよ」


「いいわよ、一人で食べられるから」


慣れないことをしているから、自分でも気分が悪くなってしまっているけれど、作戦成功のために我慢をする。


楪が少し恥ずかしそうにしたのを美衣子は見逃さなかった。今までは表情をまったく変えない子だと思っていたけれど、ちゃんと見たら意外と感情を表に出すタイプだな、と思った。


もちろん、取り巻きたちの苛立った顔も楽しみながら美衣子はお弁当をつつく。


美衣子の作戦成功への道は着々と進んでいく。それからも、事あるごとに楪と仲良くするようにした。


「灯里、一緒に帰ろ〜」


「もちろんいいわよ。……って、それはどういうつもり?」


美衣子が楪の手を繋ぐと、彼女は困惑した。


「やだなぁ、わたしたち友達だよ? このくらいするでしょ?」


「え、えぇ……」


楪が困ったように頷いた。取り巻きの子たちは変わらず苛立っている。


「ねぇ、灯里。この子何なの?」


相当苛立っているのに、できるだけ穏やかな声で伝えてきたのは偉いな、と他人事みたいに思った。だけど、美衣子はあえて怯えた声を出す。


「ねえ、灯里。わたし一緒にいない方が良いのかな? 仲良くしたらダメなのかな?」


楪の服の裾を掴みながら、上目遣いで尋ねてみる。もはや、本来の美衣子の性格と違い過ぎて、笑いそうになってしまう。


「えっと……。ダメなわけないじゃない」


うふふ、とお上品に笑う楪の目の奥が笑っていないことがわかる。美衣子は今、楪の作り上げた取り巻きたちのグループを内部崩壊させかけているみたいだ。


少し申し訳ないけれど、これも元々は無理やり美衣子に絡んできた楪のせいなのだから、取り巻きたちグループの子には我慢してもらうしかない。


「ごめん、わたしちょっと鵜坂さんと2人で話したいことがあるから……」


楪ができるだけ優雅に取り巻きたちの元から去っていく。そして、美衣子と2人、近くの公園に行ってから呟いた。


「当てつけかしら?」


「まさか」と答えておいた。嘘ではない。当てつけではなく、作戦の一部である。ただ、この時点で楪との仲が悪くなってしまったら、作戦が破綻してしまうからできるだけ良好な関係は保っておきたかった。


「一応、周りから友達アピールは十分できたでしょ? 先生にも印象付けられたんじゃない?」


「そのためにこんなことしてたって事?」


「当たり前でしょ? 好きであんたと仲良くはしないわ」


そう、と少しホッとしたように楪は微笑んだ。


「後は適当に仲良くしといたら、学校の子たちは騙せるでしょ」


「まあ……」と楪は歯切れの悪い答えをしている。もっとも、美衣子の作戦はこんなことでは無いのだけれど。


「あとは、仕上げとして、楪の両親に会って、仲良しアピールしておこうよ」


「えっ……?」


楪が、本当にわけがわからなさそうに首を傾げた。


「楪の親にわたしから、『唯一の友達なんで、仲良くしてもらえて嬉しいです』的なことを伝えておいて貰えばあんたがボッチの子とも仲良くしている優等生っていうアピールできるでしょ?」


楪はきっと教師や親からの評価をとても気にしている。なら、親からの評価を上げられるチャンスをみすみす逃すわけはない。きっとこの話に乗ってくれるはず。


「そうね、そうしてくれるんならありがたいわ。鵜坂さんって意外と優しいのね。誤解していたかもしれないわ。ほんのちょっとだけ見直したわよ」


楪が心の底からの笑みを向けてきたから、ほんの少しだけ胸が痛くなる。


(元はと言えば執拗に絡んできたあんたが悪いんだからね……)


心の中で言い訳をしながら、作戦実行に向けて気持ちを落ち着かせた。


「じゃあ、次の土曜日にうちに来てもらってもいいかしら?」


「え? 土曜日……?」


この後そのまま行くものだと思っていたから、少し困惑してしまう。


「ええ、土曜日にならないとパパがいないから。鵜坂さんが来る時間帯には家にいてもらうようにするわね!」


にこやかに勝手に段取りを進められていく。先程仲良くする気はないと伝えているのに、まるで本当に仲の良い友達に向けるような笑みだった。


この状況で作り笑いをする必要はないわけだから、きっと本当に嬉しいのだろう。もちろん、美衣子が来るから嬉しいわけではなく、親に良い子アピールをできる状況を作り出せたことが。


はいはい、と適当に返事をして美衣子も了承した。このくだらない友達ごっこも、楪に付き纏われるのももうすぐ終わりなのだから、諦めて受け入れることにした。

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