第168話 同じ想い④

言葉も表情も刺々しい楪のことを、美衣子は睨んだ。小学生の時以来、久しぶりに乗った観覧車は随分と小さく感じる。楪との距離も近くて、気まずい。


「仲良くしてあげてるって、どの立場からいってるわけ? わたし頼んでもないけど!」


「鵜坂さん、友達いないからわたしがなってあげるって言ってたのに、全部拒むから。わたしだって、好きで興味もない鵜坂さんと絡んでるわけじゃないわよ」


澄ました顔で、言い切った楪に苛立つ。


「なら絡むなって……! わたしはあんたのことが嫌い、あんたもわたしのことが嫌い、それならお互い両想いでしょ? 関わらなければ、お互い平和だったのに!」


「仕方ないでしょ? 先生が鵜坂さんと仲良くしてやれって言ってたんだから」


楪が美衣子と仲良くしている理由をあっさりと吐き出されてしまった。楪が美衣子に魅力を感じている訳はないということは初めからわかってはいたものの、こうやって露骨に、義務的に仲良くしていると伝えられるとさすがに少し傷ついてしまう。


さらに苛立った声で美衣子が反論した。


「先生がって……。あんたねぇ、先生がこっから飛び降りろって言ったらこっからでも飛ぶわけ?」


「先生はそんなこと言わないわ。言ったら問題になるもの」


「そりゃそうだけど……」


すでに4分の1ほど回っている観覧車から地面を指差して、揚げ足を取ってみたけれど、楪は表情を全く変えず、涼しい顔をしていた。


近くで向い会って座っているから、温度差がよくわかる。さっきから一人だけ苛立っている美衣子がバカみたいだ。


「ねえ、どうしてそんな教師の言葉にこだわるわけ? あんた、もしかして担任に恋でもしてんの?」


美衣子はあえて揶揄うような口調で言った。


少しでも楪が慌てるようなことを言いたかった。図星なら取り乱すかもしれないし、見当違いなら怒って顔を真っ赤にするかもしれないと思った。


だけど、あくまでも楪はとても冷静に答える。


「まさか。内申点あげておいたら再来年受験の時に有利になるでしょ? 成績上がらなくても、推薦もらえたら良い大学にいけるわけだし」


「良い大学行くために嫌いな人と仲良くするなんて、バカみたいね。あんたの大事な取り巻きさんたちと仲良くしたほうが、大事な3年間を過ごせると思うけど?」


「さあ、どうかしら。鵜坂さんに対するような嫌悪感は当然ないけれど、あの子たちと仲良くしていてもわたしは別に得しないから。なんなら、先生からの評価が上がる分、鵜坂さんと仲良くした方が得になると思うし」


しれっととんでもないことを言う灯里に美衣子は少し引いていた。友達関係にそんな損得の感情を考えているのか。楪に心酔している取り巻きが少し不憫に思えてしまった。友達がいない美衣子が言うのも変かもしれないが、きっと楪の考えは誤っている。


「今の言葉、あんたの取り巻きの子たちに、わたしからチクられたら困る、とか思わないわけ? わたし今、それなりにあんたの弱みを握ったみたいだけど」


「鵜坂さんは言えないわよ。わざわざわたしを陥れるために、そんなつまらないことをするような子に見えないし、それ以前にあの子たちとできるだけ関わらないようにしたいでしょ?」


「あんたね、さっき嫌ってるって言った割に、何よその無駄な信頼感は……」


確かに告げ口するつもりはなかったし、そもそも取り巻きの子たちと積極的に関わろうとも思わないから図星ではあるけれど、心の中を見抜かれたようで少し不快だった。


「それに、鵜坂さんが言っても、多分あの子たち信用しないし、2人だけで一緒にいたことなんてないけど? ってわたしはすっとぼけるつもりよ」


少しも笑わずに言い切ったから、これは楪は冗談で言ったわけではないのだろう。隙の無い子だな、と小さくため息をついた。


それでも普段の意図的に作られた優等生よりもは今の楪の方が、まだ手の内を晒してくれている分マシだけど。


「まあ、なんでもいいけど。でもね、ずっと言ってるけどあなたのそのやり方、わたしは超迷惑してるし、うんざりしてるのよ。だから、やめてほしい」


「わたしも嫌よ。なら鵜坂さんから先生に言ったら良いんじゃない? 『わたしはボッチでいることがとっても大好きなので、楪灯里さんにはとても優しくしてもらってますが、わたしの我儘で愛情を拒否しています』って」


「もちろん言うわよ。あんたが事情を教えてくれたおかげで、誰のせいか原因がわかったわけだし」


美衣子が真面目な顔で答えると今度は楪が困惑した。今まで冷静だった楪の眉間に皺を寄らせることができて、ほんの少しだけ気分が良い。


「言うって、そんなバカみたいな内容を……?」


「あんたが言えって言ったんでしょ?」


「ほんとに言おうとするなんて思わないでしょ……。やめてよね、それじゃあわたしが鵜坂さんのこと虐めてるみたいじゃない……」


「虐めてはないかもしれないけれど、とても迷惑をしてるのは事実よ。あんたが先生の指示でやってるとわかったから、わたしから先生にやめて欲しいって伝えるわ。さすがにあんたの言葉そのままは伝えないけど」


「脅しのつもり?」


「脅しじゃないわよ。原因がわかったんだから、後は対策するだけっていう簡単な話。何の脅しの要素も無いと思うけど?」


美衣子が真面目な顔で言うと、楪が静かになって俯いた。観覧車の中で物憂げな表情で揺られている姿は、まるで映画のワンシーンみたいだ。嫌いな子とは言え、思わず見惚れてしまう。


観覧車は頂上付近にようやく辿り着いた。まだ半分も残っているのか、とため息をつく。


憂いている表情の楪の美しさは非現実的すぎて、このまま黙って落ち込んだ状態を続けていると本当に観覧車から無理やり飛び降りてしまうのではないかという、得体の知れない恐怖感を与えられてしまう。仕方がないので、美衣子は無理やり話しかけた。


「あんたの家ってどうせ厳しいんでしょ?」


「え?」


美衣子の方から話しかけたからか、楪はポカンとした顔で美衣子を見つめた。観覧車に乗るまではずっとクールな張り付いたような表情しか見てこなかったから、こんな空気の抜けたような油断した表情ができるのか、と珍しいものが見られてなぜか少し嬉しくなった。


普段からこんな隙のある楪だったら、少しくらいなら一緒に帰ってあげていたかもしれない。もちろん、取り巻きにはご遠慮してもらってだけど。


「わたしの家は別に厳しくはないと思うわ。ただ当たり前のことを言われているから、それを守るようにはしているけど。学年トップを取るようにすること、校則は守ること、18時までには家に帰ること、毎晩日付が変わるまでに眠るようにすること、お小遣いの使い方はすべてノートに記載して毎月提出すること、外出先は場所と会う相手をきちんと伝えること、あと――」


「もういいわよ! やっぱり厳しいじゃないの!」


このまま喋らせておいたら観覧車から降りてもまだ続きそうだから、途中で遮った。


優等生でいるための強迫観念みたいなものが普段の楪から感じられたから、もしかして幼いころから完璧を目指して来ないといけない状況にあったのかもしれないと思って尋ねたら、想像通り楪の家はかなり厳しいらしい。


「どうせ、あんたのその優等生気質も親から言われたこと、そのまま従ってるんでしょ? もうちょっと自分を持ちなよ?」


「何言ってんの? わたしは自分の意志で親に従っているのだけれど。成績トップで、周りから好かれていることの何が悪いことかしら? 親が正しい道を教えてくれているのだから、それに従うことは悪いことだと思わないわ」


また真面目に言い切っている。


「少なくとも、わたしが迷惑被っているんだから、その発想はやめてよね……」


「あなたがわたしと、表面上だけでも仲良くしてくれてたらそれで良いのよ。だから、そのくらい協力してよ」


「あのねぇ……」


美衣子の都合を無視した自分勝手な主張に呆れてしまったけれど、それならそれで、と名案を思いついた。


「とりあえず、親と教師公認でボッチのわたしがあんたと仲良くしてるところ見せたらいいわけね?」


「そうよ! 鵜坂さん、意外と物分かりいいのね! 嘘の友情で構わないわ!」


心の底からの笑みを浮かべた楪は、とても可愛らしかった。優等生の仮面を被っていない素直な楪は魅力的な子なのだとは思う。


「わかったわよ。それくらいならやってあげるわ」


「ありがとう、鵜坂さん!」


随分と低くなった外の景色を見つめながら、美衣子はある作戦を実行することに決めていたのだった。楪を美衣子から引き離すための、ちょっと意地悪な作戦を。

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