第166話 同じ想い②

2学期の中頃、校外学習の班を決めることになった。行き先は学校から電車で1時間ほどの場所にあるテーマパーク。班決めの際には、当然のように楪は声をかけてくる。


「ねえ、鵜坂さん。校外学習の班、一緒にどうかしら?」


楪も嫌いだし、その取り巻きも嫌い。だから、当然一緒に班行動なんて絶対に嫌なのだけれど、かといって美衣子には他に一緒に班行動をしてくれるクラスメイトもいなかった。美衣子から他のグループに声をかけるのも気まずい。班なんて決めずに一人で回らせてくれれば良いのに、と心の中で不満を持ちながら答える。


「……ご一緒するわ」


悔しいけれど、今回に関しては楪に同意するしかなかった。美衣子の言葉を聞いて、楪の取り巻きこの子たちは露骨に嫌そうな顔をした。


まあ、別に良いけど。当日は班からは離れてどこか適当に一人で時間潰しておくつもりだし。そんなことを思いながら、美衣子は取り巻きの子を睨んだら、より一層嫌な顔を返された。


だけど、さっさと面倒なグループからは離脱して一人で回ろうと考えていた美衣子の思惑は大きく外れてしまった。


校外学習の当日になり、美衣子が一人で回るためにグループに背を向けると、楪から声をかけられた。


「ねえ、鵜坂さんどこいくつもり?」


楪が和やかな笑みを美衣子に向ける。


「どこって、別行動するだけよ。また集合時間になったら適当に合流したら良いんじゃない?」


「別行動なんて、勝手なことしたらダメよ。せっかくの機会だし、みんなで一緒に思い出を作りましょうよ」


楪の作る優等生の笑みを見て、美衣子はため息をついた。


「絶対に嫌。それに。わたしがグループにいると、あんたのお友達の大切な思い出作りの機会が奪われると思うけど?」


露骨に嫌そうな顔をしている取り巻きの子たちの方を美衣子が指差した。


「あら、そんなことないわよね? みんなも鵜坂さんと回りたいわよね?」


「え、えぇ……」と普段楪の意見には問答無用で肯定している取り巻きたちには珍しく嫌そうな顔をしていたから、楪も察したらしい。


「まあ、鵜坂さんがどうしても一人で周りたいって言うのなら仕方ないけど……。ただ、合流っていっても、わたし鵜坂さんの連絡先知らないから、電話番号教えてもらっても良いかしら?」


できれば教えたくはないけれど、教えないと解放してもらえなさそうだし、仕方なく伝える。楪のスマホを借りて番号を打ち込んでいると、楪が不思議そうに尋ねる。


「SNSとかは使ってないのよね?」


「やってない」


本当はやってるけど、それを楪には教えたくなかった。できるだけ、気軽に連絡できる手段なんて教えたくない。


電話番号だって、本当は家の固定電話を教えて、そこから親にでも自分のスマホにかけさせようと思ったけれど、さすがに面倒くさそうだったからやめておいた。


「じゃあ、わたしはこれで——」


「ダメよ。せっかくだしみんなで周りましょうよ」


美衣子は即座に「はぁ?」と苛立った声を出した。


「何のために電話番号教えたと思ってるのよ?」


「それはそれ、これはこれよ。わたし鵜坂さんと一緒に回りたいもの」


「だから、わたしは楪と一緒に回りたくないんだってば!」


「良いじゃない、普段断っている分、せっかくの郊外学習くらい一緒に回りましょうよ! それで、鵜坂さんも楽しい思い出作りましょうよ」


「あんたと一緒に回っても楽しい思い出はできないから!」


「そんなこと言わずに……」


楪がしつこく誘っていると、彼女の取り巻きが面倒くさそうな声を出す。


「もう良いじゃん灯里、そんなやつ放っておこうよ。一緒に回っても邪魔なだけだよ」


ついにイエスマンの取り巻きにすら反対されたのに、灯里は和やかな声を出している。


「そんなことないと思うわ。きっと鵜坂さんは楽しくて素敵な子だと思うから。一緒に回ったら絶対にあなたたちも楽しいわよ」


美衣子のことを何も知らないはずなのに、勝手に性格を決めつけられてイラっとする。


「そんな風に見えないけど、一体こいつの何が灯里を惹きつけてるの?」


不思議そうに尋ねる取り巻き。聞き方はいちいち美衣子の癪に触るような不愉快な言葉選びだったけれど、同じようなことは美衣子も疑問に思っていた。一体美衣子の何が楪をこんなにも惹きつけるのか。


1学期、当然のようにクラスの中心にいた楪と会話を交わすことなんてなかった。クラスのほぼ全員と仲の良い楪は、1学期に美衣子のことはスルーしていたというのに。2学期に、席が近くなった瞬間に突然親しくしてきても迷惑でしかない。


「なんでって、それは鵜坂さんが素敵だからに決まってるわ。素敵だと思うことに理屈とかないんじゃないかしら? わたしはあなたのこともとっても素敵だと思うから一緒にいるわけで」


そう言って、楪は取り巻きの子の顎をそっと持って顎クイをして微笑んだ。まるで周囲にキラキラとしたエフェクトでも出ているかのようなオーラを出している。


それだけで取り巻きの子は納得してしまったらしい。というより、楪の魅力に堕とされたとでも言ったほうが近いのかもしれない。


今日みたいに多少強引な話もこうやってイケメン力を発揮して、後腐れなく納得させてしまうのか、と変な発見をしてしまった。


いずれにしても、美衣子と利害が一致していた取り巻きの子は簡単に言いくるめられてしまったせいで、もう役には立たなさそうだ。


「もう話にならないからわたしは別行動を取らせてもらうからね!」


美衣子が苛立ちながら走り去った。


「あ、待って。鵜坂さん!」と楪が呼び止める声が後方から聞こえてきたけれど、それは無視した。

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