第165話 同じ想い①

「うわ、マジか……」


高校1年生の2学期始めのクラス替え、美衣子は大外れ席を引いた。


机を移動させた時に、横にいた彼女の顔を見て、美衣子は小さくため息をつく。にこやかな笑顔で美衣子の方を見ているゆずりは灯里は、なんだかロボットみたいで苦手だった。


それもまだ、融通の利かない、動作を完全にプログラムされた古典的なロボットなら面倒臭くないから良いかもしれない。けれど、楪は常に状況に応じて正しい判断を的確に導き出す最先端のAIみたいな子だった。楪の、まるで模範解答をそのまま丸写ししたみたいな、理想的な人物像は入学当初からから苦手だった。


けれど、多分楪に苦手意識を持っているのは、クラス内でも美衣子だけ。


「よろしくね、鵜坂さん」


サッと手を差し出してくる横の席の楪灯里を見て、美衣子は苛立っていた。どうも、と軽く返事はしたけれど、差し出された手に触れることはなかった。


それでも楪は嫌な顔らせずに、何事もなかったかのように微笑んだままソッと手を引っ込める。さすが優等生。楪は全てを完璧にこなす優等生の見本みたいな子。だから彼女のことは嫌いだった。


「鵜坂さんとは仲良くしたかったから席が近くなって嬉しいわ」


「わたしは仲良くしたくないから」


思ったことをそのまま言うと、周りから冷たい視線が飛んできたのがわかった。楪の取り巻きの子たちからの敵対視する視線。


楪は容姿端麗、才色兼備のお金持ちのお嬢様。男女問わず彼女のことを好きでいる人間は多かった。1学期の間ですでに彼女に告白して撃沈した人物は後を絶たなかった。背が高くて、サバサバとした性格は、男子だけでなく、女子からもモテている。


明らかにこのクラスの中で一人だけ高いところに咲いている、美衣子たちとは一線を画した高嶺の花。おかげで、彼女と敵対することは、クラス全体を的に回すことにもなる。そう言うところがとてもめんどくさい。


美衣子は一方的に仲良くしたいと言われたから、それを拒んだだけでクラス内の敵は増えた。まあ、元々クラスで孤立してたわけだから、別にいいけど、と何も考えないようにする。


誰かと仲良くしたって、どうせクラスの雰囲気次第で、友達は減っていくのだから、それなら初めから作らない方が良い。クラスメイトなんて、何も信頼できないのだから。


「仲良くしてもらえるまで頑張るわ」と健気なヒロインみたいにキラキラした眩しい笑みで返されて、また正義の楪と悪の鵜坂美衣子の構図がクラス内で作り上げられていく。


「鵜坂って意地悪だよね」という潜めた声がどこかから聞こえて来た気がした。


楪は本当に自分の味方を増やしていくのが上手い子だと思う。わたしとは大違いだわ、と美衣子が心の中でぼやいていた。


その日から大迷惑なことに楪は美衣子の元に逐一やってきた。


「鵜坂さんも一緒にお弁当を食べない?」

「鵜坂さんも一緒に帰らない?」

「鵜坂さんも一緒にお手洗いに行かない?」

「鵜坂さんも一緒に教室移動しない?」

「鵜坂さんも一緒に……」


その後ろにいる楪の取り巻きの敵視してくる鬱陶しい視線も含めて、絶対にご一緒したくない。美衣子の答えはひたすらに「嫌」だけだった。断るたびに、美衣子は取り巻きの子たちや、そばにいたクラスメイトから性格の悪い子として扱われていく。


その度に楪は穏やかな笑顔を湛えて「じゃあ、また次の機会に」と言うけど、次の機会なんてずっと訪れない。オッケーするつもりなんてさらさらないのだから。


そんな楪の態度に大迷惑させられる毎日は、さらに迷惑を極めていく。


「ねえ、鵜坂。どういうつもり?」


楪の取り巻きの中でも、一番楪とよく一緒にいる子に声をかけられる。


「どういうつもりって、何が?」


「とぼけないでよ。あんたさ、ぼっちのくせにせっかく灯里が声かけてくれてるのに、あの態度はないでしょって話」


「知らないわよ。ご一緒したくないから断ってるだけ。何度も誘われて迷惑してるって、あんたからも言っておいてよ」


美衣子からしたら本心を伝えただけなのに、取り巻きの子は顔を真っ赤にしていた。


「あんたね、ちょっとは自分から友達作る努力くらいしなさいよ」


「友達になりたいと思いたい人がいたら、こっちから声かけるわよ。こっちは好きで一人でいるんだから」


「負け惜しみでしょ? まあ、そうね鵜坂みたいに地味な子だと、灯里の横にいても引き立て役になってしまうだけだしね」


「あなたみたいに?」


美衣子の言葉を聞いて、取り巻きの子が、より一層顔を赤くした。また普段通り思ったことをそのまま言ってしまったけれど、多分彼女がそれなりに気にしていることを言ってしまったのだと思う。少し言いすぎたかな、と美衣子は心の中で反省した。


「そんなんだから、ボッチなのよ」


捨て台詞を吐いて、取り巻きの子はどこかに行ってしまった。別に本当に一人でいたいからいるだけだからボッチでもいいのだけれど、と思いながら美衣子は席に着く。


これで楪が美衣子のとこに来なくなればいいのだけれど、と思ったけれど、もちろんそんな風にうまくは行かない。あの子の目的はわからないけれど、それからも美衣子のことを誘い続けては、断り、また取り巻きの子たちが楪にバレないように、こっそりと美衣子に腹を立てるという生活が続いていた。


一歩間違えたら美衣子へのイジメが始まってしまいそうな状況ではあったけれど、楪自身がクラスのイジメの芽は摘んでいくタイプの正義感も持ち合わせている子であったおかげで、そういう被害に遭いそうになかったことは救いだった。

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