Ⅰ
第161話 会いたくないあの子①
「さて、この後どうしようかしら……」
美衣子は
今、美衣子には行くところが無いから、とりあえず今後のことをゆっくり考えるためにやってきたのだった。
透華は、灯里の友達でもあるらしいけれど、コーヒー一杯だけでも快く店に長時間滞在させてくれるし、そんなタイミング良く(この場合は「タイミング悪く」の方が適切かもしれないけれど)灯里と出くわすこともないだろうと呑気なことを考えて、ここにやってきた。
ついさっき、夜が明ける直前まで茉那と美紗兎にとっての大事な瞬間を見届けていたことが信じられないくらい、普通の昼だった。
かなりカッコつけて、茉那と美紗兎が一緒に住める環境を整えるために大急ぎで家を出たものの、移住するアテがなかった。残念ながら、部屋を借りるお金もなければ、茉那の家から出てきたから、仕事もない。
「美衣子ちゃん、ため息ついてるけど、悩み事か何か?」
透華が特に断りもなく美衣子の正面の席に座ったし、美衣子もそれを受け入れた。小さな喫茶店には今は美衣子しか客はいないから、透華も暇なようだった。
「悩み事っていうか……、住む場所がないっていうか……」
「えぇっ!? 大変じゃん! 茉那ちゃんと喧嘩でもしたの……?」
「いえ、そう言うのじゃないんです。ただ、ちょっと見栄を張ったというか、良い人ぶっちゃったというか……」
美衣子が苦笑いをしていると、透華が身を乗り出して、美衣子の方に顔を近づけてくる。
「事情はよくわからないけど、住むとこなかったから困るし、またしばらくうちに住む?」
以前茉那の家から突発的に2、3日ほど出ていった時には透華に泊めてもらったけれど、もう今回は短期間の滞在では済まなさそうだから、頼りづらい。
「気持ちはありがたいですけど、今回は遠慮しておこうかなと思います。かなり迷惑かけちゃうと思いますし……」
「そんなの気にしなくてもいいよぉ。灯里ちゃんの友達はわたしの友達だし。大丈夫だって」
「いえ、多分今回は2、3日では出ていけないと思いますので……」
もう灯里の友達ではないですよ、と心の中で反論しながら返すと、透華は「そっかぁ」と心ここに在らずな返事をしていた。透華は美衣子との話よりも、今はスマホの方に集中しているようで、大急ぎで文字を打っていた。
「急用か何かですか?」
透華は明らかに不自然な高速フリックをしていた。今すぐに返さないといけないような大事なメッセージを返しているような、そんな風に見えた。
「まあ、そんなとこだけど、もう終わったから大丈夫」
透華がスマホから顔を上げて微笑みかけてくる。
「大事な用事があるんだったら、わたし帰りましょうか?」
美衣子が腰を浮かしたけれど、慌てて引き留められた。
「いい、帰らなくていいから! むしろお店に居てよ! 今わたし暇だから!」
透華がサイドテールの髪を振り乱しながら、慌てて身を乗り出した。かなり必死に止めてきているし、美衣子も別に急ぐ必要もないから、また腰を下ろした。
「どうせこの後行く場所もないですから、別にいいですけど……」
当然無理に出ていく理由はないから、お店に残っていいのならむしろ好都合ではあるのだけれど、透華の挙動が怪しかったのは少し気になった。美衣子が首を傾げていると、透華が話題を元に戻す。
「とりあえず、今はお家探してるんだね」
「そうなりますね……」
「わたしの家に泊まらせてあげたかったけど、さすがに長期だときついかも……。1週間くらいなら大丈夫だから、一旦泊まって行く?」
「いえ、1週間あっても行く場所は見つかりそうにもないですし、そんな短期間で家賃払えるだけのお金を用意できる気もしないので……」
美衣子が髪の毛をくるくる指先に巻き付けながら、困ったように笑う。
「まあ、とりあえず実家に帰って、バイト探しから始めようかなと思います」
せっかく堕落した日々を乗り越えて前に進めていた気はしたのに、また実家に戻ると元通りになってしまいそうだった。
実家暮らしでもしっかりとした生活をしている人はたくさんいるけれど、少なくとも美衣子は実家に戻ると昼夜逆転のソシャゲ生活になってしまうのは目に見えていた。
「すいません、そろそろ帰りますね。コーヒー、美味しかったです」
美衣子が席を立って、帰ろうとする。
「あ、待って」
「ん?」
「えっと……」
透華が美衣子の手首を掴んで呼び止めたけれど、特に用事はなさそうだった。
「どうかしましたか?」
不自然な間があってから、透華が慌てて言う。
「も、もうちょっとゆっくりしていきなよ。慌てることないでしょ? コーヒーもう一杯無料で淹れるからさ!」
「そんな、悪いですよ……」
「いいよいいよ、ゆっくりして行ってよ〜」
不自然なくらい高待遇で扱ってもらえて、少し困惑する。悪い気もしたけれど、ありがたくコーヒーを頂いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて、頂きますね……。ありがとうございます」
「気にしないで。泊めてあげられないから、せめて優しくしておいてあげたいし」
ありがたく美衣子はコーヒーを啜り続けていた。透華がしきりにお店の出入り口の方に視線を向けているのは不思議だったけど、それ以外はとても穏やかで普通の日だった。
この頃は茉那や美紗兎の重たい感情に巻き込まれて少し疲れていたから、今日は透華さんと2人だけで、のんびりとしたお昼間を過ごすつもりだった。
だけど、そう言うわけにはいかないみたいだった。どうやら、美衣子にとっての波乱の日々はまだ終わっていなかったらしい。
突然ドアが勢いよく開いて、人が入ってくる。
「いらっしゃいませ〜」と透華が反射的に挨拶をした後、「遅いよ」と微笑んだ。
お客さんが来たのなら長居するのは悪いかな、なんて思ってコーヒーをさっさと飲んでしまおうとしたけれど、カップを持つ手が止まってしまった。
「なんでよ……」
ドアの前に立っている人物を見て、美衣子は顔を歪めたのだった。
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