第158話 新しい関係③

心地良い秋の風を浴びてから、また室内へと戻った。


「まなちゃん、ちょっとトイレ借りるね」


「いちいち報告しなくてもいいよ。もうわたしたちの家なんだから」


茉那が苦笑した。


美紗兎がお手洗いに行ったから、その隙に先ほどあげた動画のコメントを確認しに、パソコンの前に向かう。


同性の恋人がいることを公表して動画のコメントがどうなっているのか少し怖かったから、一人で確認した。今まで上げた動画の中で一番伸びるペースが早かったから、変な注目をされていないのか、少し不安になる。もし美紗兎が傷つきそうなコメントがあったら動画を消しておこう。


おそるおそる動画のコメントを見たけれど、ありがたいことにほとんどが好意的なものばかりだった。


『わ〜、おめでとうございます!』

『彼女さん可愛らしいですね!』

『お似合いカップル、羨ましいです』


とりあえず、ホッとしつつコメントをどんどん確認していく。不快になりそうなものがなくて、ありがたいなと安心していた。


そんな中で見当たったコメントを見て、茉那が小さく「あっ」と声を出した。心臓の鼓動が一気に速くなった。


『ナー子、おめでとう! お幸せにね!』


「これって……」


ホッとしたのと同時に、茉那の瞳が潤み出した。茉那のことをナー子と呼ぶ人なんてこの世界に一人しかいない。


思えば、元々は梨咲と一緒に始めた動画撮影だった。大学時代の思い出が一気に蘇ってきた。


堕落しきった茉那の面倒を見てくれて、家で寝かせてくれたり、ご飯を作ってくれたり、なんだかお母さんのように優しかった。


そして、酔った勢いで告白をされたこともあった。告白されて、振っても茉那とは仲良くしてくれた。彼氏の浮気が原因で仲違いをしてしまったけれど、それでも梨咲は茉那にとってお世話になった大切な先輩だった。


「梨咲さん、ありがとうございます……」


次々と流れていく涙を慌てて拭ったけれど、まったく止まりそうになかった。


喜んでくれて嬉しいのはもちろんだけど、きっと今の梨咲が茉那の幸せを喜んでくれる余裕のある状況にいるであろうこともわかって、気持ちが楽になった。


「茉那ちゃんどうしたの!?」


ずっと声を出して泣いていたから、お手洗いから戻ってきた美紗兎が、慌てて駆け寄ってきた。


「ううん、違うの。これは違うの……」


美紗兎が何かを察してくれたのか、ただ黙って茉那のことを抱きしめてくれた。美紗兎の少し速くなっている心音を聞きながら、胸に埋まる。そして、ゆっくりと伝える。


「梨咲さんも、祝ってくれてたんだよ……」


美紗兎は何も言わなかったけど、ホッとしたように息を吐いたのだった。


「少しずつ、茉那ちゃんの周りが良くなってきてるね」


美紗兎が茉那のことを抱きしめたまま、続けた。


「茉那ちゃんが、ちゃんと一歩を踏み出してくれたからどんどん良くなってきてる」


「みーちゃん、ありがと……」


ゆっくりと茉那は美紗兎から離れた。そして、ふと思い立ったみたいに、美紗兎が声を出した。


「ねえ、茉那ちゃん、ウサギ飼おうよ!」


「ウサギかぁ……。いいかもね」


幼い頃は飼いたかったけど、飼えなかったから兎のぬいぐるみと一緒に寝ていた。美紗兎とウサギと共に暮らす生活。そんなのとても楽しいに決まってる。


「さっそく明日にでも、見にいこっか!」


「やった! 茉那ちゃん大好き!」


さっき離れたばかりなのに、また美紗兎が茉那に抱きついてきた。そんな美紗兎の髪の毛を茉那が優しく撫でた。


こうしていると、なんだか幼少期からかわっていないようにも思えた。でも、ちゃんと変わっている。茉那も美紗兎も一歩ずつ、前に進んでいる。


今度こそ間違えずにこの新しい関係を続けていこうと思いながら、茉那は優しく美紗兎の髪の毛を撫で続けたのだった。


第1部 終わり

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