第1部 エピローグ

第156話 新しい関係①

美紗兎と彼女になった日から数日が経ったけれど、茉那は今までと変わらない気持ちだった。


もしかしたら、恋人同士になったら美紗兎と話すことに緊張してしまったり、一緒にいて居心地が悪かったり、そういう面倒臭い感情が芽生えてしまうのではないかと不安だった。


だけど、幸いそんなことはなかった。良い意味で、まったく今までと変わらない生活を送れている。ただ、純粋に美紗兎のことを美紗兎として、自分の気持ちを偽らずに好きでいられることはとても心地よかった。


「今日は茉那ちゃんの好きなエビフライ作りましたよ……、じゃなくて作ったよ!」


美紗兎との関係性が変わり、親しくなった今、もう敬語はやめようという話をした。もっとも、まだ美紗兎は慣れていないみたいで、敬語で話すことの方が多いみたいだけれど。


「難しかったらすぐに変えなくてもいいよ。ちょっとずつみーちゃんが自然に話せる範囲で言葉は慣らしていったらいいよ」


茉那はできたての大きなエビフライをお箸で摘みながら、微笑んだ。噛むとサクッと音がする。


「みーちゃんはやっぱり料理上手だね」


美衣子も料理が上手だったし、美紗兎も料理がとても上手。とくに、美紗兎は幼い頃から同じ味のものを食べる機会が多かったからか、茉那の好きな献立や、好きな味付けを把握してくれている。


茉那が褒めると、美紗兎がえへへ、と照れくさそうに笑っていた。そのまま、美紗兎が身を乗り出しながら口を大きく開けてくる。食べさせてほしいということはすぐに察した。茉那はエビフライをお箸で持って、フーフーと吐息をエビフライに吹きかけて冷ましてから、美紗兎の口に近づけた。


「熱いから気をつけてね」


ゆっくりと口に入れると、美紗兎が案の定、熱そうなリアクションをしていた。


「熱いよぉ……。でも、茉那ちゃんに食べさせてもらったから、すっごく美味しい!」


「わたしは関係ないよ。みーちゃんが美味しいもの作ってくれたからだよ」


茉那は苦笑した。かなり熱かったのか、いそいそと水を飲んでいから、美紗兎がポツリと尋ねてくる。


「でも、美衣子さん、どうしちゃったんだろうね?」


「わからないけど、元気に過ごしてくれてたらいいね……」


茉那が小さなため息をついた。


あの日、茉那と美紗兎にとってのキューピットになってくれた美衣子は家に帰ったらすでに部屋を空けてしまっていた。鍵だけポストに入れられていて、行方をくらませてしまっていたから、2人で探しに行ったのに見つからなかった。茉那からどこに行ってしまったのかと尋ねるメッセージは、夕方頃に返してくれていた。


『急に出ることになって悪いわね。ちょっと急用ができちゃったのよ』


『美衣子ちゃん、直接お礼言いたいから会いたいよ』


『ごめん。ちょっとママの実家に行くことになって、もう電車に乗っちゃってるのよ。また帰った時に会いましょう』


突然の連絡に動揺しながらも、とにかく報告だけはしなければと思い、メッセージを送る。


『わかった。美衣子ちゃんのおかげでわたしとみーちゃん、付き合うことになったから。本当にありがとう』


『本当によかったわ。お幸せにね!』


『またこっちに戻ってきたら、絶対に連絡してね!』


既読はついた。だけど、それ以上の返信は何もなかった。まったく心配でなかったと言えば嘘になる。けれど、美衣子が連絡したくないのなら、もう待つしかない。


ただ、帰ってきたら絶対にお礼をしないといけないとは思っている。修学旅行で部屋の鍵を無くした時に一緒に探してくれたり、高校時代にボッチだった茉那と友達になってくれたり、美紗兎と本音で向き合う機会を与えてくれたり、今までたくさん助けてもらったのに、結局ほとんど何も返せずにいるのだから。


「本当に、優しい人だよ、美衣子ちゃんは……」


ポツリと茉那が呟いたのを聞いて、美紗兎もしっかりと頷いた。

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