第155話 2人の本心④
「あの、茉那さん……」
美紗兎がそこまで言ってから、顔を上げて茉那の方を上目遣いで見た。目を濡らして、鼻水も出ていたけど、とても可愛らしく笑って、茉那の方を見つめていた。
「わたしはどんな茉那さんのことだって大好きですし、愛してますよ。昔から、ずっとずっとずーーーーーっと変わりません。茉那さん、わたし、やっぱり茉那さんのことが、」
美紗兎がそこまで言ったところで、茉那が美紗兎の唇をそっと人差し指で触って言葉を遮った。
冬が近づいてきて少し乾燥しているから、今度おすすめのリップクリームを教えてあげようかな。お揃いのリップクリームにしようかな、なんて思ってから、茉那がゆっくりと息を吸った。
言葉を遮られて、美紗兎は不安そうにしているから、早く伝えてあげないと。もうこれ以上、みーちゃんに寂しい思いは絶対にさせちゃダメだ。
「あのね、みーちゃん。わたし、ずっとみーちゃんからの感情からいっぱい逃げてきちゃってたんだ……」
茉那の瞳から自然と涙が溢れ出てきて、言葉に詰まってしまった。もう一度、下手くそな水泳の息継ぎみたいに、不器用に息を吸ってから、続ける。
「本当は、もっともっと早くから伝えてあげないといけなかったのに。わたし、全然言えなかった。はじめはずっとみーちゃんとの本当の姉妹みたいな関係でいたいと思ってたから。それなのに、わたし、みーちゃんのこと美衣子ちゃんとして愛しちゃったり、いきなり呼びつけたりして、酷いこといっぱいしちゃった。だから、もうそんな優しい姉妹みたいな関係には戻れないと思う……」
「茉那さん……?」
不安そうな顔で美紗兎に見られてしまったけど、気にせずに続ける。
「ねえ、みーちゃん。いままでのこと、いっぱいごめんね……。こんなこと言ったらわがままなことわかってるよ。でも、わたし、もしできることなら、もう一度みーちゃんと、今度は姉妹じゃなくて、恋人同士として、ずっと一緒にいたい!」
最後まで一気に言い切ったとき、美紗兎が目を大きく開いたまま固まっていた。そして、その場に膝から崩れ落ちた。
「み、みーちゃん!? 大丈夫?」
「ご、ごめんなさい。体に力が入らなくて……。茉那さん、わたし、茉那さんに愛してもらえるんですか? 美衣子さんじゃなくて、美紗兎本人として愛してもらえるんですか??」
瞬きもせずに、茉那の方を見上げながら、両目から涙を流し続けているけど、拭おうともしていなかった。茉那もしゃがんで、そのまま美紗兎のことをもう一度抱きしめた。
「当たり前だよ! もうあんなひどいこと、二度としない! わたしはみーちゃんだけを愛するよ! 今までみーちゃんの恋心とちゃんと向き合えなかったし、恋人もいっぱい変えてきたから、信用できないかもしれないけど、ちょっとずつみーちゃんに信用してもらえるように頑張るから」
「大丈夫ですよ、わたし茉那さんのこと信じてますよ。だって、茉那さんはわたしのこと物心ついた時からずっと可愛がってくれてたんですから! 好きの形はいろいろ変わっても、ずっとわたしのこと好きでいてくれたんですから!」
その言葉を聞いて、茉那がもっと強い力で美紗兎のことを抱きしめた。何も言わず、ただ静かに泣きながらジッと美紗兎のことを抱きしめ続けていた。もう絶対に、美紗兎のことは手放さない。この大切な温もりは絶対に手放したくない。
晩秋の明け方はいつもなら寒いはずだけど、今日はあったかい。美紗兎がいるからあったかい。そして、これからもずっとその温かい存在が近くに居続けてくれることが何よりも嬉しかった。
たくさん遠回りしてしまったけれど、ようやく美紗兎と一緒になれたのだ。その実感を噛み締めるようにして、ずっと抱きしめ続けていた。そうしているうちに、いつしか夜は明けて、空がうっすら明るくなってくる。
「茉那さん、そろそろ帰りましょうか」
美紗兎がゆっくりと体から離れて、先に立ち上がる。そのまま、茉那の方に手を差し出してくれた。触れ返す手は普段以上に温かく感じた。
小学生の頃は毎日登校中に握った手。今までは優しく包み込むように握っていたけれど、今日は指先を絡み合わせるようにして握った。お互いの温かさを隅々まで行き渡らせるように、しっかりと繋ぎ合った。
「帰ったら美衣子ちゃんにもたくさんお礼しないとね」
「わたしたちのキューピットですもんね!」
普段以上に楽しそうに歩く美紗兎を見ながら、茉那は微笑んだ。
これでようやく歪な関係性の精算はできたのだ。やっと始まる彼女としての美紗兎と一緒に過ごす日々のことを考えながら2人で跳ねるようにして家まで帰った。
たくさんたくさん遠回りしたけれど、ようやく茉那は美紗兎と愛しあえるようになったのだった。
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