第154話 2人の本心③
すっかり静かになった夜には川の流れる音だけが聞こえていた。美衣子が作ってくれた、美紗兎との関係性修復の機会。さっき美衣子が言っていた通り、今を逃したらもう関係性の修復はできないかもしれない。ううん、今を逃したら、もうできない。
(ありがとう、美衣子ちゃん……)
茉那は一瞬だけギュッと目を瞑ってから、覚悟を決め、ゆっくりと美紗兎に歩み寄っていく。
「ねえ、みーちゃん」「あの、茉那さん」
2人同時に相手のことを呼んでしまい、言葉が止まる。はじめは美紗兎に先に言葉を促そうとした。
けれど、やめた。いつも美紗兎の方が大切な言葉を投げて続けてくれていた。今日はいつもと同じようにしていてはいけない気がする。
「ねえ、みーちゃん。わたし、今までみーちゃんのこと本当にいっぱい傷つけてきちゃったんだよね……。もう遅いのはわかっているけれど、それでも言わせて……」
間を置いて、思いっきり空気を吸った。そして、美紗兎から目を逸らさずに、しっかりと言い切った。
「ごめんね」
茉那の言葉を聞いて、美紗兎がまたいつものように首を大きく横に振った。
「そんなことないです! わたし何も傷つけられてなんてないですから。茉那さんといつも一緒にいられるだけで嬉しいんですから!!」
そう言ってくれることはよく知っている。美紗兎の優しさは絶対に他の誰よりも茉那が一番よく知っているのだから。
「みーちゃん、ありがと。でも、今はみーちゃんの本音が聞きたいんだ。ちゃんとみーちゃんの本当の気持ちと向き合いたい」
「え……?」
困ったように首を傾げてから美紗兎が続けてから、笑う。
「今のが本音ですよ」
「本当に?」
茉那が美紗兎の瞳をじっと見つめながら尋ねた。目をそらす気はない。瞬きもせずに、見つめ続けていると、瞳の奥がゆらりと揺れているのがわかった。美紗兎の喉がコクンと音を鳴らして、唾を飲み込んだ音も聞こえる。
茉那が美紗兎のモチッとした柔らかい頬をそっと撫でた。ほとんどメイクをしていない、自然体に近い美紗兎のことが茉那は大好きだった。
「いいよ、みーちゃん。もう無理しないで。いっぱいわがままになって良いんだよ」
「茉那さん、わたし……」
もう一度美紗兎は思い切り唾を飲み込んでから続けた。
「わたし、すっごく寂しかったし、辛かったんですよ……! 茉那さんがわたしから離れようとするから……。大学から勝手にいなくなっちゃったとき、茉那さんのこと許せなかったです……。茉那さんのこと、大好きですけど、いつもわたしに黙ってどこかいっちゃうところは、嫌いでした……」
美紗兎の瞳からは、すでに涙が溢れていて、声を震わせながら続けた。
「でも、でも……。わたしは茉那さんのことが大好きだから。いつも突き放されて嫌な思いしちゃうけど、離れられないです……。もう寂しい思いするのは嫌です……」
茉那はそっと美紗兎のことを抱き寄せた。そして、ゆっくりと時間をかけて頭を撫でる。
「ごめんね、みーちゃん。いっぱい寂しい思いさせちゃったよね……」
美紗兎が茉那の胸に顔を埋めながら、静かに泣いていた。
「わたし、みーちゃんとの関係を壊しちゃうこととか、みーちゃんのこと傷つけちゃうのが怖かったんだ。でも、それでみーちゃんからの愛に目を背け続けちゃった結果、どんどんみーちゃんのこと傷つけちゃったよね……」
美紗兎が胸に顔を埋めたまま、さらに強く泣いていた。
「謝って済むことじゃ無いと思うけど、本当にごめんね……」
「……そうでずよ。謝っで済むごとじゃないですよ……。とっでも苦しかっだんですから……」
美紗兎の声は涙でうまく出ていなかった。濁音だらけの声からは生々しく感情が伝わってくる。
本当にこれまで辛い思いをさせてしまったのだから、何を言われても仕方ないとも思った。
ただ静かに美紗兎のことを撫で続けて、次の言葉を待っていた。茉那の体には、美紗兎が震えているのがしっかりと伝わってきていた。美紗兎が話せるようになるのを待ち続けていた。
静寂の中、ジッと待ち続けていると、美紗兎は小さく息を吐いた。
「……でも、わたし自身が辛いのもありましたけど、それ以上に茉那さんの苦しそうな顔見るの、本当に辛かったんですから……」
「え?」
「茉那さんが無理してたの、しっかりと伝わってきてましたから……。初めはほんとに嫌われてたんだと思ってましたけど、それにしては茉那さんは相変わらずとても優しいままでしたから、不思議でした。それで、どうしたんだろうって思いましたけど、やっぱりわたしのこと傷つけないようにしてくれてたんですよね」
「わたしが心の中でどう思っていたにしても、結果的にみーちゃんのことたくさん傷つけてたんだから、優しくないんだよ……」
謙遜ではない。本当に優しくはないことばかり美紗兎にしてきたのだ。いっぱいいっぱい傷付けてきたのに、それでもなお、美紗兎は茉那のことを庇ってくれた。
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