第153話 2人の本心②

「みーちゃん、ごめんね……」


「良いですから! 茉那さん、謝らないでくださいってば!!」


美紗兎は一瞬美衣子の方を睨んでから、慌てて茉那の元へと駆け寄った。前から勘づいてはいたけれど、泥沼に沈んでいるのは、茉那だけではなかったのだろうな、と改めて思った。


「茉那さん、わたしの方こそごめんなさい、美衣子さんにいろいろと喋っちゃって……、多分茉那さんが美衣子さんに知られたくないことも喋っちゃって……」


そのまま土下座でもしそうな勢いで、しゃがみこんだから、慌てて茉那もしゃがみこんで、美紗兎のことを抱きしめた。


「みーちゃんが謝らないでよ。わたし、今までみーちゃんにいっぱい悪いことしてきちゃったんだから、謝らせてよ」


「茉那さんはわたしに悪いことなんて何もしていませんよ……」


「ううん、いっぱいしたんだよ。みーちゃんのわたしへの優しさにつけ込んで、もう戻れないところまで来ちゃってたのかもしれない、そう思ってた」


美紗兎が静かに首を横に振ったから、すぐ横で揺れる髪の毛が頬をくすぐった。


「でも、みーちゃんがわたしのこと見捨てなかったから、こうやって謝れるんだ。ありがと、みーちゃん」


それに、美衣子が茉那と美紗兎のことを気遣ってくれたから。


美紗兎と美衣子の優しさのおかげで、茉那はこれだけ道を間違え続けたのに、まだ美紗兎と向き合えているのだ。


「わたしも、多分いっぱい間違えちゃってましたから、お礼を言われても……。ただ、美衣子さんにいろいろ諭してもらったおかげで、ちゃんと茉那さんに向き合いたいって思ってます。いろいろと、茉那さんの好きなように従うことがわたしにとっても、茉那さんにとっても良いことだと思ってました。でも、違うんですよね。きっと、わたしにとっても、茉那さんにとってもよくないことだったんですよね……」


うん、と茉那が小さく頷いて、今度は美衣子の方を見た。しゃがんだまま美紗兎を抱きしめているから、ちょうど視線の先には美衣子がいた。


「美衣子ちゃん、本当にありがとう……」


「いや、別にわたしは何もしてないんだけど……」


そう言って、頭をかいてから美衣子が続ける。


「ていうか、わたし寝巻き姿で飛び出してきちゃって寒いから鍵貸してくれない? 先帰っときたいから」


「あ、じゃあみーちゃん、わたしたちも——」


「良いから。そんな大事な話の途中で切り上げたら、意味なくなるから。またわたしのいないところで、わたしの名前使って擬似セックスされたらたまったもんじゃないから、満足いくまで続けて。さっさと解決しちゃってよ」


美衣子が優しく微笑んだ。


「でも……」


茉那が美紗兎のからだから離れて、美衣子を止めようとしたけれど、美衣子は首を横に振った。


「今まで散々美紗兎ちゃんのこと振り回してきたんでしょ? 今美紗兎ちゃんのこと見捨てたら、ほんとにもう戻れないわよ? また美紗兎ちゃんから逃げるつもり?」


美衣子の言葉がとっても重く感じられて、それ以上美紗兎から距離を取れなくなってしまった。


「鍵だけ貸してもらえたらそれでいいから。あんたたちのせいでゆっくり寝れなかったんだから、先に家に戻って寝かせてよ。歩き回って汗もかいたから、シャワーも浴びたいし」


「わたしたちも帰りますから……」


美紗兎も美衣子に合わせようとしたけど、美衣子はわざとらしく呆れたような口調で返す。


「やめてよね、散々わたしのこと振り回してきたんだから、そろそろ気を遣って一人でゆっくり寝かせてよ。あんたたちの面倒ごとに付き合わされて、こっちは超眠いのよ」


美衣子があくびをする仕草を作った。


「ありがと、美衣子ちゃん……」


茉那がそっと美衣子の手に鍵を乗せてから、美紗兎の元へと戻った。


「じゃあ、お幸せにね」と小さく言った美衣子の言葉はとても小さな声だったから、2人に聞こえることはなかったのだった。


先ほど少し吹いていた強い風は、もうすっかり止んでいた。

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