第152話 2人の本心①

秋の夜の川沿いは随分と寒かった。けれど、頭を冷やすのにはちょうど良いのかもしれない。茉那はのんびりと美衣子と美紗兎を探していた。


「どこ行っちゃったんだろうな……」


闇雲に歩いたけれど、そろそろ足も疲れてきた。欄干に肘をついて、川を見下ろすと、枯れ葉がプカプカと流れていた。月の光が水に反射してキラキラと水に映っている。


小さくため息をついてから、今何時かどうか確認をしようかと思った。だけど、スマホはどこにもない。


「ああ、そっか。わたしスマホ忘れちゃったんだっけ……」


じっと待っていても、仕方がないし、一旦帰ろうかな、と思ったけど、帰る気にもならなくて、トボトボと歩いていた。


「結局、いつもここに来ちゃうな……」


茉那は苦笑いをした。いつも美紗兎と、ことあるごとに一緒に話をした実家のマンション近くの公園まで歩いてきていた。美紗兎と初めてのキスをしたのもここだし、大学時代に久しぶりに話す時もここで話したっけ。


そんなことを考えていると、少し遠い場所に人影が見えた。真夜中だし、不審な人だったらどうしようかと思って、身構えたけど、その姿を見て、ホッとした。それと同時にむこうから美紗兎と美衣子の声が聞こえてくる。


「あんたの勘凄いわね。ほんとに当てちゃうなんて」


「わたしが茉那さんのこと好きな感情、舐めちゃダメですよ」


美衣子と美紗兎が和やかに話しながら、こちらに向かっていた。美衣子から視線を外した、美紗兎は満面の笑みで茉那のことを見た。


「茉那さーん!」美紗兎が手を振って、茉那の方に駆け寄ってきた。。


「美紗兎ちゃんが、思い当たる場所を回りたいって言ってから、順番に回ってたのよ。会えないにしても思い出の場所一通り歩いてからもどりたいって言うからついてきたけど、凄いわね。本当に会えるなんて」


「わたしも、実は本当に会えるとは思わなかったので、嬉しいです!」


「2人とも、こんな寒いときにわざわざ探しにきてくれたんだね……。本当にありがとう」


特に美衣子に関しては、美紗兎が美衣子に扮してエッチをしているところを目撃して、ドン引きして家から出ていったはずなのに、この寒い中一緒に歩いて探してくれていたようだ。


「わたしはただ美紗兎ちゃんについてきただけだから、感謝するなら美紗兎ちゃんにしてあげて」


茉那も美紗兎も同時に首を振った。


「美衣子さん、ずっとお話も聞いてくれたし、探すのも手伝ってくれましたし、本当に感謝してもしきれないですよ……」


「うん、本当にありがとう美衣子ちゃんも、みーちゃんも、こんなわたしのことたくさん探し回ってくれて……」


そこまで言って少し間を置いてから、恥ずかしそうに茉那は美衣子に伝える。


「あと、美衣子ちゃん、本当にごめんなさい」


茉那が深々と美衣子に頭を下げた。


「今日の2人のセックスのこと?」


美衣子が何もなかったかのように答えたから、茉那が小さく頷いた。


「そのことなら別に気にしなくてもいいわよ。初めはちょっとびっくりしたけど、美紗兎ちゃんからもいろいろと聞いたから、もう理解したわ」


美衣子が冷静だったから、茉那はホッとしたけれど、その後に、美衣子が真面目な顔で続ける。


「美紗兎ちゃんとどういう風に接してるのかも、無理やり聞き出したわ」


美衣子が話だすのとほとんど同時に、少し冷たい風が吹き、木々が揺れだした。


「美紗兎ちゃんへの扱いは、ちょっとどうかと思うわよ。多分、わたしじゃなくて、謝るとしたら美紗兎ちゃんに——」


美衣子が続ける前に、美紗兎が思いっきり美衣子の口を手で覆った。そして、顔を青くしながら、美衣子に抗議をしている。


「み、美衣子さん! やめてください!! わたし、茉那さんに謝って欲しいなんてまったく思ってませんから!」


美衣子はゆっくりと、口元に添えられた手を退ける。


「謝るかどうかは茉那に任せるわ。美紗兎ちゃんにしたことを茉那がどう思っているかなんて、わたしにはわからないから。でも、少なくともちゃんと向き合わないとまたずっと同じことになるわよ」


美衣子の言葉がまさに悩んでいる言葉をそのまま言ってくれていて、茉那の胃がギュッと痛くなる。そうやって、大事なことを言わないで、ずっと隠して、一人で変な方向に突っ走り続けてきた。


悩む茉那の気持ちを後押しするみたいに、美衣子が続けた。


「まだあんたたちはこうやって2人で向き合えてるんだから、充分取り返しはつくのに、このままだったら勿体無いわよ?」


もし、美紗兎との関係を修復することができるとしたら、今日しかないのかもしれない。優しい美衣子がこうやって繋いでくれた。きっと今を逃したら、もう本当に茉那も美紗兎も、戻れないところまで堕ちていく……。


茉那は、しっかりと美紗兎の瞳を見た。いっぱい逃げて、何度も向き合うべきチャンスを逃してきた。もう遅いとしても、伝えるべきことは伝えないと……。


美衣子のおかげで、覚悟は決まった。

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