第151話 逃走③

茉那の選択は、多分いつも間違えている。


高校時代に仲の良かった美衣子とはほどんど一方的に絶交をしたし、美紗兎への恋心を忘れるために、好きでも無い人とたくさん付き合ってきた。


そして、今回は美紗兎のことを美衣子として愛することにした。


その判断は多分間違えている。美紗兎を傷つけてしまうし、本当は茉那だって美紗兎のことを美紗兎として愛してあげたかった。


でも、そうでもしないとこの関係は終わらせられない。


冷たい覚悟をして、美紗兎と接するのだ。として、美紗兎と接して、エッチをする。それを来る日も来る日も続けた。


それなのに、美紗兎は一向に茉那のことを嫌いにはなってくれなかった。どれだけ冷たい扱いをしても、雑な扱いをしても、絶対に美紗兎は茉那の元に戻ってくる。


「みーちゃんは好きな人とか作らないの?」


ある日そんな質問を投げかけてみた。美紗兎はキョトンとして答える。


「わたしは茉那さんのこと好きですよ、ずっと」


「ほら、わたしはずっと一緒にいるから勘違いしてるだけじゃないかな。もっと別の環境で生活したら、好きな人もできるんじゃないかな?」


そう言うと、美紗兎が苦笑いをした。


「わたし、多分今茉那さんからそれなりに酷い扱い受けてると思うんです……」


茉那は俯いて、何も言えなかった。事実だ。ごめんね、と心の中で何十回も謝る。


「でも、わたし茉那さんのこと嫌いになれないんです。多分、他の人にやられたらすっごく怒ると思うことされてるのに……」


視線をチラリとあげると、美紗兎が寂しそうに笑っていた。


「わたし、多分もう何されても茉那さんのこと嫌いになれないんです。だって、昔から茉那さんはわたしにいっぱい優しい感情を投げてくれたし、今の茉那さんも、わかりやすいくらい、無理やり冷たい態度取ってますもん。茉那さんは美衣子さんのこと好きなのに、それでもわたしのことも可愛がってくれてるんですから。無理やりでもわたしの愛に応えようとしてくれてるんですから……」


そう言うわけじゃ無いんだよ、わたしはみーちゃんの事が大好きなんだよ、と心の中では思っていた。いっそ伝えてしまったら楽になるのだろうか。必死に切り離そうとしたって、美紗兎との関係はもうどうやっても切り離せないのではないだろうか。それならいっそ……。


「みーちゃん、わたし、本当はさ……」


美紗兎が首を傾げて、茉那のことを覗き込んだ。だけど、次の言葉はドキドキして何もでなかった。


元々は姉妹みたいに信頼し合えている関係を壊したくなかったことや、美紗兎を傷つけたくなかったことことを理由にして、恋を忘れようとした。茉那は美紗兎を傷つけないようにするために、恋を忘れようとしているつもりだった。


だけど、いつしか関係は壊れきっていて、美紗兎を毎日傷つけていた。


(わたし、本当に何やってるんだろう……)


俯いていると、勝手に目から涙が出てきた。こんな身勝手な理由で泣きたくなんてないのに。


「茉那さん、どうしたんですか……?」


不安そうに覗き込んでくる美紗兎に背を向けた。


「なんでもないから……、今日は帰って……」


「あの、茉那さん、わたしいつでもお話聞きますからね……」


不安そうな声のまま、美紗兎が去っていった。関係がどれだけ壊れても、美紗兎はずっと優しいままだった。


一人になってもしばらくは涙は止まらなかった。体内の水分を全て無くしてしまうのではないだろうかというくらい泣き続けていた。


もはや、どうして美紗兎に好きを伝えないのかの訳もわからなくなっていた。


だけど、もう好きを伝えられる関係ではないのだ。歪み切った2人の関係は、もうきっと修復できない。


こんな関係は続けたくないのに、続いてしまった。どちらにとっても辛い日々が毎日続いていた。


……結局、それから幾らかの時間が経過して、歪みきった美紗兎との関係を改善できないまま、街でばったり美衣子と再会し、一緒に住むようになった。


そして、つい先ほど、美衣子本人に歪んだ2人の関係はバレてしまった。美衣子は去ってしまい、それを追いかけていってくれた美紗兎も部屋から出ていってしまった。


茉那は一人ポツンと、2人に上着を届けるために真夜中の川沿いを歩いているのだった。

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