第149話 逃走①

時期的に、夏休みの帰省の季節だったから、親に不信感を抱かれないための言い訳はいくらかできた。思ったよりもスムーズに実家に戻れたものの、ここは美紗兎の実家のすぐ近くでもあるわけだから、さっさとどこか別の避難する場所を見つけなければならない。


こっそりと一人暮らしに向けて近くの賃貸も探していた。梨咲に誘われたギャラ飲みのおかげで、少し貯金もあったから初期費用くらいにはなる。もちろん、一人暮らしを始めて少ししたらアルバイトも探さないといけないけど。


美紗兎にも何も言わずに出てきてしまったから、スマホを見るのが怖くて、通知があってもスルーしてしまっていた。きっとあんな夜を過ごした次の日から突然連絡が取れなくなってしまったのだから、怒っているに違いない。


そして、梨咲とはあんな別れ方をしてしまったことに後悔がないわけでは無かった。同じ人を好きになって、一緒の男に騙されてしまうなんて、本当に梨咲とは心の通じ合う友達だったのだろうな、と落ち着いてから思うようにはなった。もう会うこともないのだろうけど。


(一緒に映ってるの、もう見たくないかもしれないから、動画のアカウント消した方がいいのかな……)


2人で一緒に撮った動画のアカウント。一応梨咲も触ることのできるアカウントだけど、もう存在も忘れているのか何かを触った形跡もなかった。再生回数が3桁台前半くらいの動画が5つほどあるだけで、更新はすでに止まっていた。動画を消してしまおうかとも思った。


だけど、それは梨咲との思い出を全部消しちゃうみたいでどうしてもできなかった。


意味もなく再生ボタンを押してみると、画面の中で動く梨咲と茉那は信じられないくらい仲が良かった。何が楽しいのかもわからないけれど、ずっと微笑みあっている。見ていると、自然と涙が溢れてきて、いつの間にかスマホには水滴がたくさんついていた。


(そういえば、わたしと梨咲さんって、元々毎日家に通うくらい仲がよかったんだよね……)


結局、動画は消さずに非公開にしておいた。


(梨咲さんは、まだわたしのこと嫌いなのかな……。それとも、もう誤解が解けて、本当は会いたかったりしてくれてるのかな……)


わからなかった。茉那の方からメッセージを送る度胸はもちろんないし、梨咲の方も、一方的に冷たいことを言ったみたいな感じになっているから、連絡をとりづらくなっているのかもしれない。


(もしかしたら、何かきっかけがあれば梨咲さんはメッセージくらいはくれるかもしれないな……)


一人の部屋で、茉那は動画の撮影を始めた。梨咲が教えてくれた通りやってみたけれど、うまくは撮れない。公開し続けるのは恥ずかしいから、梨咲が何か反応をしてくれたらすぐに消すつもりで、梨咲から教えてもらったメイクをする動画を撮ってみた。お世辞にもうまいとはいえなかった。梨咲が一緒に撮ってくれた時にはずっと上手くいったけど、やっぱりそんな簡単なことではないのだろう。


(まあ、梨咲さんにだけ見てもらえればいいし……)


まったく上手くいかないし、恥ずかしいから、本当はそんなにたくさん撮りたくはないのだけれど、ずっと暇にしていると、今度は美紗兎に会いたくなってしまうから、必死に打ち消すために、動画を撮って、編集をする。


再生回数は梨咲と2人で撮っていた時と同じくらい。伸びはしないけれど、伸びない方が都合も良いし、それで良かった。ほんの少しの人にだけ見てもらって、チャンネル登録をしてもらって、いいねをしてもらう。


たくさんの人に注目されたいとは思えないけど、誰かに自分の存在を見てもらえることは嬉しかった。結局、一人ぼっちになってしまったから、動画を見てもらうことだけが、今の茉那の存在を認めてもらえる場所のようにも感じられた。


ただ、無心で動画を撮って、時々物件探しにフラリと不動産屋に向かう生活。そんな毎日を続けていると、10月の初め頃には家を出られる目処がたった。実家の近くだから、引っ越しの手間もそんなにかからなさそう。


(とりあえず、逃げ場はできたし……)


そんな風にホッとした後に、小さく苦笑した。はじめの方は時々メッセージを送ってくれていた美紗兎だったけれど、スルーしている間に連絡の頻度は次第に下がっていき、やがて止まってしまった。


(みーちゃん、本当にわたしのこと見捨てちゃったんだな……。でも、これでみーちゃんが本当にわたしのことを嫌ってくれるのなら……)


そんなことも考えていたりした。だけど、それから数日後、突然スマホのメッセージアプリが連続して何度も音を立て始めた。


(どうしたんだろ……。今までは鳴っても1日1回とかだったのに……)


さすがにきちんと見た方がいいと思って、慌ててスマホを見る。


『なんで大学辞めちゃったんですか????????????』

『茉那さん、なんでですか?』

『わたしのこと嫌いになっちゃったんですか?』

『なんで??』

『答えてください……』

『無視しないでください……』

『あの夜、わたし何か間違えちゃったんですか……?』


美紗兎からの不安いっぱいのメッセージを見て、茉那の胸が痛んだ。美紗兎は茉那のことを見捨ててはいなかったみたいだ。


「ごめんね……」


ギュッとスマホを胸元で抱きしめた。きっと茉那が突然消えて寂しい思いをしていたに違いない。悲しそうな美紗兎の姿が浮かんでしまって、自然と涙が落ちてきた。


だからと言って、美紗兎に今実家にいることは教えるわけにはいかない。結局、何を返せばいいのかわからなかった。少なくとも美紗兎の感情を現在進行形で傷つけているのだし、茉那から言えることなんて何もなかった。


『ごめんね』


今のシンプルな気持ち。それだけ打って、茉那はスマホを見るのをやめた。また、いつものように動画投稿に戻っていく。一人で動画投稿をする今の生活に戻る。


これからも、この後も、そんな生活をするつもりだった。これ以上大切な人は作るつもりはもう無かった。もう美紗兎とは会わないように、次の土日までに引っ越しを終えて、会わなくても良いようにしておこう。美紗兎はきっと休みになったら実家にいることに感づいて、茉那のところまで来てしまう。


だけど、美紗兎がやって来たのは休みの日ではなかった。たった3時間後に家の呼び鈴を押すなんて、完全に想定外だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る