第145話 温もり②
「茉那さん、試験期間が終わったらたこパでもしませんか?」
期末試験に向けて茉那の家で美紗兎と勉強をしていると、美紗兎が楽しそなことを提案してくれた。当然、そんな素敵な提案を拒む理由なんて茉那には無い。
「もちろんいいよ! これで一気にテストも辛く無くなるね!」
そんな楽しみを抱きながら、テスト勉強を進めていく。茉那の大学生活がようやく穏やかに動き始めていくように思えた。2年近く無駄にしてしまったけれど、ようやくきちんと大学生活を送れそうなことに安堵する。
楽しい気持ちのまま、美紗兎が帰ってからも一人で試験勉強を続けていると、スマホにメッセージが入った。
(なんだろう……。みーちゃん、忘れ物でもしたのかな?)
美紗兎か彼氏の2択だろうと思ってメッセージを開いてみたけれど、送り主は予想に反して梨咲だった。
『ねえ、今からうちで会えない?』
そういえば、梨咲の家には久しく行っていなかった気がする。美紗兎が入学したり、彼氏といる時間が増えたりした結果、梨咲との時間は減っていた。
それに、梨咲も就職活動で忙しくなっていたから、梨咲の方から連絡をしてくる機会もほとんど無くなっていた。動画撮影も結局再生数があんまり伸びなくて、いつの間にか更新が途絶えてしまっていたし、前に恋愛観のことで少し揉めてしまって、茉那の方からは声をかけずらかったから、会うきっかけもほとんど無くなっていた。
(2人で会うの、久しぶりだなぁ)
久しぶりに梨咲と会うのは、茉那も楽しみだったから、すぐに『良いですよ』と返事を送った。
思いっきり伸びをしてから、立ち上がり、出かける準備をする。ちょうどテスト勉強にも疲れてきていた頃だったから、休憩にもちょうど良い。
前期の試験前の時期は夜になっても、まだ蒸し暑い。汗をかきながら夜道を歩く。
梨咲の家に行くのはいつぶりだろうか。そもそもここ半年で会ったことは数えるほどしかない気がする。一時は毎日のように会っていたのに。
そんなことを考えながら、のんびりと梨咲の家へと歩みを進めていた。
「梨咲さん、お久しぶりです!」
茉那がドアを開けてくれた梨咲に笑顔で話しかけた。梨咲はいつもなら会った瞬間から笑顔なのに、一瞬気だるそうな顔をしてから、笑顔を作る。
「久しぶりだね、入って」
優しい笑みのはずなのに、どこかいつもよりも冷たい空気感を覚えるのは気のせいなのだろうか。就活期間が続いていて、すっかり疲れきっているのかも知れない。
久しぶりに入った梨咲の部屋はスーツとか就活本とか、少しだけ変化はあったけど、昔と変わらずオシャレだった。
「就活順調ですか?」
「うん、まあ。一応内定はもらったけど、もうちょっと良いとこ無いかなって探してるとこ」
どこかぎこちなく感じるのは昔の派手な桜色の髪から真っ黒な髪の毛に変化して真面目な雰囲気になったからだろうか。梨咲の持っていた軽さみたいなものが抜け落ちている気がする。
「少し痩せました?」
茉那が尋ねると、梨咲が困ったように笑った。
「そうかな……」
そして、大きくため息をついてから、続けた。
「あたし、カレの本命じゃないのかもしれないんだ……」
弱々しく笑う梨咲の姿に胸が痛くなる。前に会ったときに、茉那だけでなく、梨咲も長続きしそうな彼氏と出会って、ようやく落ち着いた日々を取り戻せたかもしれないと思ったところだったのに。
「大変ですね。でも、きっと梨咲さんと彼氏さんならどんなピンチも乗り越えられますよ!」
茉那はできるだけ軽い調子で答えた。事態をあまり重たく受け止めすぎたら、梨咲の心がさらに重たくなると思ったから。また、何気ない調子で笑ってほしいと思ったから。
だけど、梨咲はムッとした調子で答える。
「随分と他人事だよね? 自分の彼氏は絶対に浮気しないって自信でもあるの?」
え? と茉那は首を傾げた。
「まあ、わたしの彼氏は優しいし、そういう人じゃないですから……」
「そういう人って何? あたしの彼氏のことどういうふうに思ってるの?」
「えっと……、ごめんなさい……」
「謝られたら、あたしの彼氏がそういう人って認めたってことじゃん。やめてよ……」
梨咲が苦々しそうに言う。茉那がどうしたら良いのかわからず、俯いていると、梨咲が泣きそうな顔をして笑った。
「ごめん……。ナー子に実際に会ったら気がまぎれると思ったんだけど、余計に辛くなっちゃったかも……。あたしから呼び出したのに、ほんとにごめんなんだけど、やっぱり帰ってもらっても良いかな?」
「わたしの方こそ、力になれなくてごめんなさい……」
「謝らないでよ、悪いのはあたしなんだから」
力なく笑う梨咲を一人にしておいても良いのかわから無かったけど、これ以上一緒にいるわけにもいかないと思って、そのまま去ろうと思い立ち上がる。そんな茉那の手首を、梨咲が弱い力で掴んだ。
「ねえ、ナー子……」
上目遣いで見上げてくる梨咲の表情はとても痛々しかった。元気と優しさでできているいつもの梨咲の顔とは違う、不穏さが滲み出るもの。
「どうしました?」
「信じて良いんだよね……?」
どういう意味だろうと不思議に思ったけれど、深くは考えなかった。
「大丈夫ですよ」
茉那はソッと、梨咲の頭を撫でると、梨咲が弱々しく微笑んだ。
「だよね。ありがと」
今は元気がないけれど、きっと梨咲はまた時間が経てば今までのように元気になって、仲良くしてくれるものだと思っていた。そんな風に、状況を軽く考えながら、茉那は家に帰ったのだった。
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