第142話 怠惰な毎日⑤

恋心は、会っても、会わなくても、忘れようとしても、何をしても、何も変わらない。


約束した通り、夏休みに夏期講習で忙しかった美紗兎に時間を割いてもらって、久しぶりに2人で会った。そして、パスタを食べて、初めて美紗兎とキスをした家の近くの公園でお話もした。優しい美紗兎は、茉那のために一緒の大学に来ようとしてくれていることも知れた。


「来年になったらみーちゃんがうちの大学に来ちゃう……」


美紗兎と離れないといけないから、本当は来られたら困るのだ。それなのに、美紗兎と会いたい感情を強く持ってしまい、嬉しい感情が圧倒的に勝ってしまっていた。


それまでに美紗兎に大学の選択をし直すように伝えるべきなのだろうけど、美紗兎が同じ大学に来てくれるかもしれないことは、やっぱり嬉しかった。


少なくとも、美紗兎の選択を茉那に止める権利なんてないのだから、受け入れるしかない。だけど、会ってしまったら、また茉那の感情は壊れてしまいそうだった。


残された手段は、とにかくどんな手を使ってでも美紗兎への恋愛感情を消してしまうこと。


「梨咲さん、わたしこのままだとみーちゃんへの恋心忘れられないです……」


結局、相談先は梨咲だった。


「別に忘れられなくても良いんじゃない? 大事な子への恋なんだったら、受け入れてあげたら良いのに……」


梨咲にゆっくりと頭を撫でられながら諭されたけど、そういうわけにはいかない。


「嫌です……。もっともっと上書きしないとダメなんです……」


無意識のうちに目を血走らせていた茉那のことを、梨咲が不安そうな目で見つめていた。


「ナー子、大丈夫?」


「大丈夫じゃないから相談してるんですよ。みーちゃんの恋心、全然忘れられないんですから!」


梨咲がため息をついてから、そっか、と諦めたように呟いた。


「じゃあさ、他の大学の子とコンパとか、社会人の人とのギャラ飲みとか、いっぱい調整しようか? いろんな人と関わって、いろんな恋して上書きしてみる……?」


結局美紗兎への恋心の消し方への適切な対処法なんてわからなかった。退屈な恋を機械的にこなしていくこと以外に、わからなかった。振り出しに戻って、さらに無意味な刺激を重ねるだけになることは、茉那だってなんとなくは理解していた。


それでも、茉那は梨咲の提案をありがたく受け入れた。ジッとしていたら、なんだか苦しくなってくるから。


もっとも、お酒は飲めないから、飲みと言っても、茉那はほとんどソフトドリンクを飲みながらの対応になったのだけれど。それでも、梨咲がうまく調整してくれたおかげで、出会い自体は増えていき、さらに彼氏の数も増えていった。


だけど、結局は同じことの繰り返し。美紗兎への恋心は別の恋なんかじゃ埋まらない。きっと向き合うことでしか解決はできないのに、茉那はどこまでも逃げる選択しかできなかったのだった……。

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