第141話 怠惰な毎日④

梨咲の家に行く口実はできたから、また通い続ける。だけど、健全な理由とは違って、やっていることは不健全だった。動画撮影という大義名分はあるけれど、その実、結局動画撮影とは違うことをすることが多かった。


すでに茉那も梨咲もお互いに彼氏はできたけれど、茉那はむしろ彼氏ができてからの方が梨咲のことを求めるようになってしまっていた。


今日も、鼻先をくっつけながら、茉那は梨咲とキスをする。顔を近づけると、梨咲がメイクに気を使っていることがよくわかる。


しばらくジッと動かなくて、長い時間姿勢を変えなかった。梨咲と戯れている時間は、なんだか守られてるみたいで楽だ。梨咲の柔らかい唇に癒されていた。


いつまでもそうしていたいけど、梨咲はゆっくりと身体を話しながら苦笑いをする。


「あたし、やっぱりナー子のことわかんないや」


唇同士を引き離すと、だらりと糸が引いた。茉那も梨咲も、今は彼氏がいる。だけど、時々夜に会っては、キスを交わしていた。


「嫌ですか?」


「嫌じゃないよ。でも、あたしのこと好きじゃないみたいなこと言ってたから、キスをするのが不思議なだけ」


「今の彼氏よりも梨咲さんの方が好きですよ」


「ナー子って、わけわかんないよ。あたしよりも嫌いな彼氏とずっと付き合い続けてるのに、そのくせあたしのことはフっちゃうんだから」


梨咲が不機嫌そうにため息をついた。


「大事な人のことは傷つけたくないですから」


茉那は普通に微笑んだつもりだったのに、梨咲からは「その妖しい微笑み、やっぱり好きだな」と言われてしまった。梨咲の指先がソッと頬を撫でてきて、くすぐったかった。


「そもそも、梨咲さんだって彼氏がいるのに、わたしとキスしてるじゃないですか」


「わたしはそもそもナー子のこと好きだけど、ナー子に言われて仕方なぁく彼氏作ってるんだから」


「結局わたしと一緒じゃないですか」


「一緒かなぁ?」


「一緒ですよ」


茉那が梨咲の頬を指先で撫で返すと、梨咲がわざとらしく頬を膨らませた。


「上書きしても、上書きしても、すぐにナー子が上書きし直しちゃうから、あたし困るんだけど」


「じゃあ、もうイチャつくのやめますか?」


「……やめない」


今度は梨咲のほうから、茉那に勢いよく口づけをしてくる。勢いそのままに、茉那は背中を床について、梨咲に身を任せた。ほんのりアルコールの香りが漂うキスの味は嫌いじゃなかった。


「また、上書きしてくださいよ。わたしのこと好きになっちゃダメですからね」


「やだぁ、ナー子のこと好きぃ」


ギュッと胸に顔を埋めて、梨咲が甘えてくる。茉那がソッと頭を撫でると、さらに梨咲が顔を強く押しつけてきた。


「わたしには好きな人がいますから」


もちろん、今の彼氏のことではなく、美紗兎のこと。


「その人の次でいいよ。あたしは、みーちゃんって人の次でいいんだよ?」


「ダメですよ、そんな不毛な恋しちゃ。さっさと本気で好きになれる人、見つけてください」


「それがナー子なんだよ?」


「わたし以外でです」


梨咲がわかったよ、と不本意そうに頷いた。


茉那が梨咲の家に通っている間にはずっと彼氏を作っていなかった梨咲は、茉那への恋を上書きするために偽りの恋を続ける。そして、茉那もまた美紗兎への恋を忘れるために、そして、寂しさを紛らわせるために、また以前みたいに彼氏を作り続ける生活に戻っていた。


あのときと違うのは、大学に行っていないことくらいだろうか。無駄な恋愛を続けたところで、美紗兎のことは忘れられていないし、ただ沼の中に引きづられて行っているだけの気もしてしまう。


(みーちゃんに会ったら何か変わるのかな……)


考えるよりも先に、自然と指がスマホの上を走っていた。好きでもない彼氏とのやり取りの数百倍胸が高まった。受験勉強を頑張っている美紗兎の邪魔をしてしまうと可哀想だから、無理には誘わないでおこう。そう思いながら、久しぶりのメッセージを送る。


『受験勉強どう?』


美紗兎からの返事はとても早かった。そこからは、トントン拍子で会う話が進んでいく。そして、夏休みに帰省するときに会えることになったのだった。

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