第143話 怠惰な毎日⑥

「虚しいなぁ……」


梨咲の家で茉那がため息をついた。一応いつものように動画撮影という体で家にはいるけれど、撮影をする気は起きなかった。


「浮かない顔してるけど、どうしたの?」


正面の席に座っている梨咲は首を傾げていた。もうすぐ春になるのに、まったく気持ちは浮き上がらなかった。


「こんなんで良いのかなって思って……」


「こんなんって?」


「好きでもない人と付き合って、すぐに別れて、その繰り返し」


「辛いんだったら、やめたほうが良いんじゃないかな」


「梨咲さんは、わたしと同じように彼氏をすぐに変えてますけど、嫌じゃないんですか?」


茉那は目の前の梨咲が頼りだった。梨咲と同じようにしておけば、心の苦しさが解放されるような、そんな気がしていた。


「あたしは嫌じゃないよ」


当然のように答えた梨咲を見て、茉那は困惑する。


「え? じゃあ、好きで付き合ってるんですか」


「もちろんそうだけど……、むしろナー子はそうじゃなかったみたいだから、びっくりしてる……」


梨咲は不安そうに視線を落としていた。


「そんなの、おかしいじゃないですか! 好きなのに少ししたら別れちゃうなんて……」


「恋なんて瞬間的に火がついちゃうもんでしょ? あたしからしたら、好きでもないのに付き合う方が不思議なんだけど……」


「梨咲さんはわたしと一緒の考え方をしてると思ったのに、ひどいです」


茉那がワッと泣き出してしまった。


「ナー子、どうしたの? 疲れてるの……?」


「ずっと、ずーっと疲れてますよ! 梨咲さんに言われて恋を始めても何も変わらなかったんですから!」


「提案したのはあたしだけど、選んだのはナー子だよ……?」


「そうですけど……」


理屈としては納得はしている。だけど、心の中で沸々とした感情は沸き続けていた。


「ねえ、とりあえず泣き止みなよ」


茉那の頭をソッと撫でようとしてくれた梨咲の手を、茉那は思いっきり振り払った。


「ナー子……?」


梨咲は不安そうに茉那の感情を探ろうとした。


「梨咲さんはわたしのこと騙してたんですか?」


「騙すって……。ごめん、心当たりなさすぎるんだけど……」


「わたしは梨咲さんが恋を忘れられるからって言ってたから続けたわけで」


「そうだけど、好きでもない人と付き合ってたのはナー子の意思でしょ? わたしは何度も止めたのに……」


「そうですけど……」


梨咲が正しすぎた。これ以上、もう何も言える気もなく、空気の抜けた風船みたいに反論する気持ちは萎んでいった。


「ナー子、一旦落ち着こうよ。今日のナー子本当におかしいよ?」


少し距離を置きながら見守る梨咲の目の前で、茉那は顔を覆って泣いていた。梨咲に対して酷い態度をとったのに、尚も優しくしてくれる梨咲に対して申し訳ない感情は強くあった。


「……すいませんでした」


「気にしなくていいよ」


「今日はもう帰ります」


「落ち着くまでいてくれていいんだよ?」


「いえ……」


「そっか」


梨咲とは目は合わさずに、足早に梨咲の家を出る。梨咲に当たったって仕方がないことがわかっているけれど、梨咲がそれなりに楽しく恋愛をしていたことを知って、納得はできなかった。


苦しみながら恋をするんじゃなくて、楽しく恋をしていたのだ。それをズルいと感じてしまった。


だから、本当はもうそんな生活やめないといけなかったのに、もう止められなかった。梨咲と自分の違いを知ってなお、茉那はこの生活をやめられなかった……。


それからしばらくすると桜が咲く季節になった。同じ大学に美紗兎が入ってきてくれたのにも関わらず、茉那は美紗兎よりも、まったく好きでもない彼氏との生活を優先した。


美紗兎と真面目に向き合ったら、間違いなく信じられないくらい愛してしまう。大切な美紗兎との関係が壊れてしまう。そんなことになるくらいなら、興味のない男性と付き合っていたほうがいいと思った。


間違った選択肢を選び続ける。美紗兎が大学に来てくれたのに、生活を変えることができなかった。


強いて変わった点を言うとするならば、梨咲との関係に少しずつ亀裂が入っていっていたことくらいだろうか。お互いに、表面からは気づかないような、心の奥底に隠すみたいな亀裂を入れていると、自然に会う頻度は少なくなっていく。


梨咲の就職活動の時期も重なって、少しずつ2人は仲が遠ざかっていたのだった……。

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