第140話 怠惰な毎日③

「梨咲さんもあんまり外に出てないですよね。あれだけ彼氏とか見つけて遊んでたのに」


「ナー子のお世話して可愛がってる方が彼氏作るよりもずっと楽しいし」


「高校時代に好きだった子のことは彼氏作って上書きしたんだから、わたしのことだって上書きしたら良いじゃないですか」


「えー、ひどいこと言わないでよー。あたしはナー子を可愛がりたいんだから、上書きなんてしないよー」


その言葉は心の底から茉那のことを好きでいてくれるからこそ出てくる言葉なのだと思う。きっと、梨咲は優しい人。だからこそ、茉那は自分のことなんて好きにさせたままにするのは申し訳なかった。


「……じゃあ、動画撮ってあげないです」


「え?」


梨咲がポカンとした顔をした。


「上書きしてくれたら動画撮ってあげます」


梨咲が、えっと……、と小さく口の中で呟いてから、悲しそうに言う。


「……ごめん、ナー子のこと好きなの、迷惑だった?」


「さすがにそんな長い間一方的に愛をぶつけられたら困ります」


本当は困ることなんてないし、無条件に愛をくれる梨咲のことはとてもありがたかった。優しい梨咲が、自分のことを好きでいてくれることは、茉那だって嬉しい。


だけど、その優しさに浸り続けるわけにはいかないし、梨咲に不毛な片思いをさせるのは申し訳なかった。


茉那は優しさで言っているつもりなのに、梨咲はとっても悲しそうな顔をしていた。先ほどまでの嬉しそうな顔と対照的で、胸が痛くなってきた。


「そんな顔しないでくださいよ……」


「真面目な失恋は久しぶりだから、どうしたらいいかわかんないや……」


茉那は今にも泣きそうな梨咲を抱きしめて、桜色の髪の毛を撫でた。優しい色をした髪の毛に触れるのは心地よかった。


「あたし、やっぱり時々ナー子のことわからないや」


「無理に理解する必要はないと思いますよ」


「そっか……」


梨咲は顔は茉那の方に見せなかった。静かに鼻を啜っていた。


「しばらく抱きしめておいてもらってもいい?」


茉那は静かに頷いた。ギュッと胸元に梨咲を抱き寄せた。梨咲の鼻を啜る音と、小さくしゃくり上げる音がのんびりとした時間の流れる部屋にゆっくりと染み込んでいった。梨咲の心が整うまで、茉那はソッと髪の毛を撫で続けた。


暫くして落ち着いてから、梨咲が顔をあげた。まだ残っている涙を、茉那は人差し指でソッと拭うと、梨咲の表情が緩んだ。


「ナー子もダラけるためにはあたしの家に来てくれなくなっちゃうんなら、あたしもナー子への恋を卒業しないとだね」


諦めたような笑みを茉那に向けてくる。


「お互いに、新しい道を進んだ方がいいですから」


「そうだね……」


梨咲が不本意ながら納得した後に、尋ねた。


「上書きするから、動画は一緒に撮ってくれるんだよね?」


仕方なく、茉那は頷くと、梨咲が顔を上げる。涙を残した瞳のまま、ふふっといたずらっ子みたいに笑った。


「じゃあ、動画で思いっきりナー子といちゃついてやる!」


「えぇっ!?」


「動画ならまた見返せるからね。あたしと付き合ってた既成事実になるかもしれないし」


「それは無理だと思いますよ……」


梨咲はもしかして、おかしな人なのかも……。呆れた目で見つめたら、梨咲が笑う。


「まあ、それは冗談としても、撮影を口実にして、ナー子とまだまだ一緒にいられるじゃん!」


「別に梨咲さんの家に行かないって言ってただけで、会わないわけじゃないんですから、そんな慌てなくても……」


「それなら良いんだけど……。なんだかナー子は猫みたいに気まぐれだから、黙ってどこかにいっちゃうかもしれなくて心配だから」


不安そうに俯く梨咲の頬に、茉那はソッと手のひらを当てた。


「近づかないだけで、遠ざかるわけじゃないんですから、そんな顔しないでくださいよ」


近づけた顔を梨咲がしっかりと見つめてきた。


「ナー子はいっつも可愛いのに、時々とっても妖しい表情になるよね」


梨咲が苦笑いをした。そんな自覚がなかったから、茉那は少し困惑した。


「ま、とりあえず一緒に動画投稿してくれるの嬉しいな。共用アカウント作って、メイク動画でも投稿しよっか。ナー子のメイク映えする顔なら人気出るかもしれないよ」


「あんまり人気出ても恥ずかしいから困りますけどね……」


結局、そのまま動画撮影を一緒にすることになったのだった。梨咲が強引に背中を押してくれたおかげで、内気な茉那が動画の撮影をするきっかけができたのだ。

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