第139話 怠惰な毎日②

「あの、梨咲さん……。わたし、もう梨咲さんの家にいくのやめようと思ってます」


茉那が打ち明けると、梨咲の表情が硬直する。


「どうしたの? ……あたし、ナー子に何か変なことしちゃったかな……?」


梨咲が不安そうに尋ねてきたから、茉那がゆっくりと首を横に振った。


「違いますよ。梨咲さんは申し訳ないくらいとっても良くしてくれてます。ただ、ここがあまりにも快適すぎて、今の状況に甘えちゃったらこのままダメになっちゃう気がして……」


「大学行けるようになったってことでいいの? それならあたしも嬉しいから大丈夫だけど」


「……行けますよ」と机の上を見ながら、小さな声で呟くと、梨咲が呆れながら尋ねる。


「本当に? 嘘ついても辛いだけだよ?」


「も、もうちょっとしたらきっといけますから……」


「今はまだ行けないんでしょ?」


茉那が小さく頷いた。


「だったら、まだうちに通ったらいいよ。あたしの家に来ることなくなっちゃったら、ナー子ずっとおうちに引きこもっちゃうよ?」


本気で心配そうな表情で梨咲が見つめてきた。


「でも、このままいても何も変わらないから……。せっかく大学に入ったのに、何もできずに終わるの、怖いです……」


俯きがちの茉那のことを見て、梨咲は困ったように尋ねる。


「このままのんびりゆったり過ごすのが嫌ってこと?」


「まあ、そうですね。ずっと梨咲さんのおうちで眠って過ごすのは良くないかと思って……。結局このまま何もせずに、ダラダラして毎日を浪費しちゃうのも嫌なので……」


そっかぁ……、と梨咲が小さく頷いてから、パンッと手を叩いた。


「じゃあさ、動画配信とかしない?」


「へ?」


「ほら、最近動画投稿流行ってるからさ、メイク動画とか撮ってみない? あたし、絶対ナー子なら人気出ると思うんだ!」


梨咲の言っていることが理解できなくて、茉那は硬直してしまった。


「えっと……。梨咲さんの動画をわたしが撮るってことですか? わたし、カメラマンしたことないですし、動画編集技術とかないですから、上手くできるかわかりませんけど……」


茉那が困惑していると、梨咲が「違うよー」と笑って否定した。


「一緒に撮ろうよってこと。編集はあたしもよくわからないけど、なんかノリでやってみようよ」


「む、無理ですって。わたし、そんな動画で顔出しとか、絶対無理ですって」


「えー、なんでさ。ナー子可愛いし、大丈夫だって」


「でも、そんな人前に出るなんて……」


「可愛すぎるナー子の横に並んで比較されちゃうあたしの方がずっと恥ずかしいから、大丈夫だって」


梨咲がケラケラと笑った。


「そ、そんなことないですから、梨咲さんも可愛いじゃないですか……」


「ナー子にそんなこと言われちゃったら超嬉しいなあ」


梨咲が楽しそうに笑っていた。


「ね、ナー子お願いっ! ナー子にフられて悲しい思いさせられたんだから、ちょっとくらいいでしょ?」


「ふ、フッてはないですよ!」


以前お酒を飲んでいたときにオッケーした告白を次の日に反故にしてしまったらしいということは、梨咲から先日聞いた。


反論はしたものの、梨咲がとても一生懸命頼み込んできてくれていて、心は傾く。梨咲にはいつもお世話になっているわけだし、少しくらいお願いも聞いてあげた方が良い気がする。


恥ずかしい気持ちと、梨咲の期待に応えたいという気持ちがフラフラと揺れていた。


「……梨咲さんは、なんでそんなにも一緒に動画撮影したいんですか?」


「ナー子がうちに来る理由作りたいじゃん。このままナー子が来てくれなくなっちゃったら嫌だしさ」


「でも……」と茉那が逡巡していると、梨咲が勢いよく続ける。


「それに、ナー子と一緒に何かしたいじゃん!本当は夏休みに一緒に旅行とかにも行きたかったけど、ナー子はあんまり外にも出たがらないから、家の中でできることの方がいいかなって思って」


梨咲が目を輝かせていた。


そういえば、ずっと梨咲の家に通っていたから、家から出ているだけで、引きこもりみたいな生活をしていたことに今更気がついた。それともう一つ、外に出るのが好きな梨咲が、ずっと茉那と一緒に家にいたことにも気がついた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る