第138話 怠惰な毎日①
梨咲の家で酔い潰れてからも、茉那は相変わらず梨咲の部屋に入り浸ってしまっていた。
茉那が記憶があまり残っていないくらい酔ってしまっていた間に、それなりに気まずくなってもおかしくないようなことがあったらしいのに、そんなことは気にせず、以前と変わらずに梨咲は受け入れてくれていた。
「美味しい紅茶もらったから一緒に飲もうよ」
梨咲が紅茶と一緒にケーキを持ってきてくれた。優しい紅茶の匂いがする。
柔らかいクッションに沈み込むように体を預けて、梨咲の飼い猫と化している茉那は、のんびりと体を起こした。
「ありがとうございます。これ、高いやつですよね」
机の上に置いてあるチーズケーキを見て、呟いた。まだ大学に通っていた頃、同じゼミの子から聞いた、大学近くのチーズケーキの名店。みんな大体彼氏との記念日とか、誕生日とか、特別な日に買っているらしい。
「今はここのお店でバイトしてるから、ちょっとだけ安値で買えるんだ」
梨咲がケーキを一口サイズにフォークで切りながら茉那の口元に持っていく。
「へえ」と茉那が頷いてから、口を開けた。そのまま、梨咲は茉那の口にケーキを入れてくれる。至れり尽くせりで、先輩を利用してしまっているみたいで申し訳ないという思いはあるけれど、あまり深くは何も考えなかった。
これで良い。今は面倒なことは何も考えずに、ぬるま湯に浸かっていたかった。梨咲にもいっぱい甘えさせてもらいたかった。きっとそのうち、気持ちが落ち着いて元通り大学に通って、それなりにしっかりとした生活に戻れるだろうから。
そんな思いで、このだらけた毎日を続けていた。大学ではなく、梨咲の家に行き、甘えさせてもらって、適当にいちゃついて、遅い時間に家に帰る。冬を超えて、春を超えてもずっと続いていた。
茉那の甘い予想に反して、時が経っても、怠惰な毎日が変化する気配はなかった。
(わたし、一体何やってるんだろ……)
さすがにそろそろ大学には行かないといけないということは頭ではわかっていた。2回生の前期もそろそろ終盤だけど、今期は一度も大学には行っていないのは絶対に良くない。
(よくわかんないけど、そろそろ休学届とか出した方がいいのかな……)
親から支払われ続けているであろう大学の学費だってバカにならない。ただ、無意味に大学に高いお金を払い続けている。
「ほんと、何やってるんだろ……」
日が暮れきって、梨咲の家から帰っているときに、歩みを止めて小さく呟いた。そのまま、ふとしゃがみ込んで顔を覆った。
時間帯的に人通りは少ないけれど、たまに通る人たちが茉那の方に視線を向けていることは察していた。けれど、今の生活と将来への不安でいっぱいになってきて、堪えきれなくなった。
大学に行って成長したことといえば、梨咲に教えてもらったメイクの技術くらいだろうか。
(でも、わたしはそんなことを覚えるために大学に行ったわけじゃないよ……)
このまま堕落し続けるのはとても危険な気がしてしまう。
覚悟を決めた。そろそろぬるま湯から出なければいけない。もう梨咲に思う存分甘えさせてもらったから、きっと美紗兎への恋心も忘れて、真面目な大学生活を再開できるはず。きっと自分の心は強くなっているから大丈夫なはず!
そんな超希望的観測をして、次の日もまたいつものように梨咲の家に向かった。だけど、いつもと違い、今回は生ぬるかった自分を変えるための覚悟をして行くのだ。
きっとこれが梨咲の家に行くのは最後になる。そんな寂しい思いも抱きながら、早足で歩いた。
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