第137話 恋とクラッシャーと恋③

「梨咲さん、優しいですね。わたしのメンタルを気遣ってくれてるんですね」


「違う……。あたし、ナー子のこと気遣っているわけじゃなくて、ただただナー子のこと好きなんだ」


梨咲がトロンとした目で茉那のことを見つめながら、茉那の頬をそっと撫でた。


「ナー子への真剣な恋心だよ」


「恋ってことは、こういうことですか?」


茉那は近づいてきた梨咲に、ほんの一瞬口づけをした。


「え? ナー子。それって」


「梨咲さんの好きはこういう好きってことですか?」


うん、と梨咲は頷いた。


「嬉しいです。でも、ごめんなさい、わたしは梨咲さんのこと愛せないです」


「本気で愛さなくても良いんだよ? ナー子が付き合ってきた元カレたちみたいに、雑に愛してくれて良いんだよ? ナー子が好きな子のことを忘れるためだけに愛してもらって構わないんだよ?」


「雑に愛してなんて、自分から言わないでくださいよ……」


そんなことを言いながらも、茉那はすでに梨咲と手を絡ませていた。そのまま、もう一度キスをする。先ほどよりも、ずっと長く。お互いの舌同士が同化してしまいそうなくらい。ぬるくなったココアみたいなキスをする。


「やっぱりナー子はあたしのこと愛してるじゃん!」


「愛してないですから、梨咲さんが口寂しそうだったからしただけです」


「嘘だ。そんなキスじゃなかったよ」


そう言いながら、梨咲が茉那の頬を軽く引っ張った。


「何するんですか」


「ナー子が意地悪なこと言うからだよ」


「意地悪なことなんて言ってませんよ」


「ナー子があたしと恋人になってくれるまで、ずっとつねるから」


「めんどくさい人ですね」


「ねえ、付き合おうよ。紛い物の愛でも良いんだよ? あたし、これ以上ナー子が傷つくの見てられないよ。あたしの家でぬくぬく眠っているナー子が大好きなんだから」


「付き合わないとつねるのやめてくれないんですか?」


「やめないよ」


「じゃあ良いですよ」


「へ? どういうこと?」


「だから、付き合っても良いですって」


梨咲が目を見開いて驚いている。


「何驚いてるんですか? 自分から言ったんですよね? わたしのこと好きなんですよね?」


問いかけてから、茉那はグラスにのこっていた最後の一口分のアルコールを摂取した。すでに現実感がなくて、まるで夢の中で喋っているみたいな感覚になっていた。目の前でびっくりしながら頷く梨咲の顔が分身しているようにも見えた。


「自分で言って自分で驚くなんて、気持ち悪いですから」


梨咲に覆いかぶさるようにして、茉那が上から寝転んだ。


「ナー子……?」


横たわりながら、梨咲の頬を指先で撫でる。重なり合いながら、茉那は梨咲のことを上目遣いで見る。


「愛してくれるなら、徹底的に愛してくださいよ」


茉那は梨咲の服に手を入れて、ブラの上から、そっと胸を触った。


「ナ、ナー子!? 本当にどうしたの?」


顔を赤らめながら心配する梨咲のことなんて気にせず、胸を揉むと、梨咲が恥ずかしそうな声を出した。


「ほら、わたしのことも愛してくらさいよ」


「待って、滑舌回ってないけど、もしかしてすっごい酔ってる……? 顔もすごく赤いし……」


気持ちよさそうにしていた梨咲の表情が心配そうな顔に変わった。


「話、逸らさらいでくらさいよ」


さらに揉む力を強めたけど、もう梨咲は心配の感情一色になっていた。


「わたしのこと愛してくれないんれすか?」


「ナー子、ごめんね。お酒飲まない方がよかったかも。お水もってくるね」


梨咲の方だけすっかり素面に戻ってしまっていた。茉那のことをゆっくりと座らせて、慌ただしくキッチンへと向かって、水を汲んでくる。


「梨咲さん、逃げらいでくらさいよ」


「逃げないから、お水飲んで」


恨めしそうに梨咲を睨んでも、梨咲はただ不安そうに茉那のことを介抱してくれていた。


「ごめんね、ナー子。酔った勢いに任せて告白しちゃったけど、ナー子がそんなに酔ってるなんて思わなかったから……」


その後の言葉なんて、もう茉那には聞こえていなかった。膝の上が冷たかったから、きっと水を溢したのだろう。一応口に水を入れているつもりだったけれど、本当に飲めているのかはよくわからなかった。


次に起きた時には、茉那は梨咲の膝のうえで眠っていた。すでに日差しが溢れていて、朝になっていた。梨咲も、膝枕をしてくれながらうとうとしていた。


(梨咲さん、ずっと座って膝枕してくれてたんだ……)


「ありがとうございます……」


体を起こしてからソッと梨咲の太ももを撫でると、ピョンと梨咲の体が跳ねた。


「いたっ!?」


梨咲が顔を歪めて足を伸ばしてからから、苦笑いをした。


「足痺れちゃったみたい……」


「何やってるんですか……」


茉那が何度も何度も、部屋着の上から太ももをさすった。


「ねえ、ナー子。昨日はごめんね」


「何がですか?」


「ナー子があんなに酔ってるとは知らずに、告白しちゃって……。強引にオッケーもらっちゃったけど、無しにしてもらっても良いからね……」


「告白……?」


「覚えてないか……」


「えっと……」


必死に頭を回らせていたけれど、何があったのかはいまいち思い出せなかった。


「いいよ、何もなかったから。ナー子、昨日泥酔しちゃってて大変だったんだからね」


梨咲がいつものように無邪気に笑った。


「本当に何もなかったんですか……?」


「本当に何もなかったよ。ナー子の介抱に忙しかったくらいかな」


梨咲が冗談っぽく笑った。


「すいません、ご迷惑おかけしました」


「いいよ、あたしも何も考えずに飲ませちゃったのが悪かったんだし」


結局、梨咲と茉那の間で変わりかけた関係は、何も変わらなかった。


茉那が梨咲の家に入り浸る毎日がこれからも続いていくだけ。ただ、何も変化のない平穏で怠惰な生活が引き続き続いていくだけだ。

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