第134話 ちょうど良い距離感②

「灯里ちゃんは、美衣子ちゃんとの恋は成就すると思っているの?」


「さあ、知らないわ。でも、美衣子はわたしに恋心を持っていないのだから、わたしが何もしなければ結ばれることはないんじゃないかしら?」


「灯里ちゃんが何もしないうちに、美衣子ちゃんに恋人ができてしまったりすることは考えたりしないの?」


「ねえ、その質問に答えるまでにわたしからも一つ質問をしても良いかしら?」


灯里の真っ黒な瞳が茉那を覗く。質問調ではあるけれど、有無は言わせてくれそうになかった。


「茉那は帰省して、わざわざわたしのことを煽りに来たわけではないのよね? あなたとはできるだけ誠実に相対したいけれど、その質問は場合によってはわたしが不愉快になってしまうと思うけれど?」


「ご、ごめんね灯里ちゃん……。そんな意図はないよ。ただ、ちょっと悩んでることがあったから、灯里ちゃんならどうするか聞きたかっただけ……」


茉那が全力で否定したから、灯里の表情も緩んだ。


「それならいいのだけど。まあ、わたしが美衣子の話に敏感なことを知っている上でわざわざ美衣子の話を出してくるってことはそれだけ悩んでると言うことなのね」


灯里が小さく息を吐いてから続ける。


「美衣子に恋人ができてしまうなんて、考えたくもないことだけど、もし考えるとしたら……、そうね、多分わたしは別れさせるわ」


え? と茉那が困惑気味に聞き返した。


「だって、美衣子の横にいるべきなのはわたしなのに、他の人に横に並ばれるなんて、おかしいと思わないかしら? おかしいことは正しておくべきよ」


灯里の理論の方がおかしいとは思うけれど、それを伝えるとまた怒られそうだったから、何も言えなかった。茉那は困ったように愛想笑いを返す。


「微妙な反応だけど、これで納得してもらえたかしら?」


「えっと……、うん、ありがとう」


「別に納得していないのならそう言ってもらっても良いわよ。もしくは、もっと直接的に茉那の悩んでいることを打ち明けてもらうか」


灯里に言われて、茉那は一瞬悩んだけれど、思い切って打ち明ける。遠回りしながら本題に近づこうと思ったら、まったく辿り着けない気がしたから。


「好きな人のことを忘れたいんだけど、どうしたらいいのかわからなくて……」


小さな声で茉那がふりしぼるように伝える。


「好きな人を忘れるってどういうこと? その人に恋人ができたとか、そういうことかしら?」


「ううん、そういうのじゃないんだ。その子のことは大切にしたいから、愛せないんだよね」


「意味がわからないんだけど」


「大好きだから。家族みたいに近い関係だから、今更恋人としては愛せないんだ……」


「おかしな感情ね。わたしにはさっぱり理解できないわ」


灯里が首を傾げた。背中まで伸びた長い黒髪が揺れる。


「でも、それで茉那が困っていると言うことは理屈としては理解したわ」


茉那が頷いた。


「先輩のアドバイスで、別の恋をして上書きしようと思ったんだけど、それでバイト先の人間関係が2回も悪くなっちゃって……」


バイト先を変えた後にもう一度同じように好きでもない人と付き合ってみた結果、また人間関係が壊れてしまった。だから、もうこの手は使わないほうが良いのかもしれない。


「茉那は好きでもない人と付き合ったってことかしら?」


小さく頷くと、横から透華の声が聞こえた。


「もったいないね。茉那ちゃんは灯里ちゃんみたいにすっごいモテそうなのに!」


茉那のことを覗き込むように見つめる透華のサイドテールが揺れた。


「わたしみたいに、は余計だけど、透華の言う通りね。モテるとか、モテないとか関係なしに好きでもない人と付き合うことはもったいないわね。本当なら愛すべき人の元へ送れるはずの愛が余計な恋を介することで減ってしまう。わたしなら美衣子に全部の愛を投げかけたいわ。全部、美衣子の為だけに注いであげたい」


「灯里ちゃんは本当に美衣子って子のことが好きなんだね」


いつの間にか椅子を横のテーブルから持ってきて、同席を始めていた透華が茶化すように言うけれど、灯里はいたって真面目な顔で、「そうよ。大好きよ」と言い切った。


これだけ自信を持って好きだと公言しているのに、美衣子本人にはその感情が伝わっているかどうか怪しいのは、灯里が決して美衣子の前では愛を伝えないこと。そして、灯里が美衣子との間で2人だけの閉ざされた関係を器用に作り上げていることがあるのだろう。


「別に、わたしは茉那の恋愛についてはどうこう言うつもりはないけれど、あなたはもっと客観的に自分のことを評価できるようになった方がいいわね。自分のことを勝手に下げたら、本来得られるものを手放すだけだから」


灯里がゆったりとコーヒーを飲み干す。


なるほどなぁ、とわかったようなわからないような相槌をうった。


「わたしは好きな人のことを忘れたいと思ったことも、忘れようと思ったこともないから、あなたへの質問の的確な回答はわからないわ。けれど、今の茉那の恋愛観は多分良くないものなんじゃないかしら?」


「けれど、そうしないと恋心は忘れられないから……」


「あなたがやりたいようにしたらいいわ。でも、無理やり蓋をして押さえつけるようなやり方は、きっといつか無理がくるから、無理が来るまでに健全な解決策を見つけてあげたほうがいいわね」


うん、と茉那は頷いたけれど、灯里の言う健全な解決策には辿り着ける気はしなかった。それくらい、美紗兎への恋心を忘れてしまうことは難易度が高い。


その日の灯里は終始茉那に優しく寄り添ってくれたけど、結局茉那の中で何かが前身することは無かったのだった。

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