第132話 恋とクラッシャー②

今日もまた茉那は梨咲の家にやってきていた。


初めて恋人ができたことを梨咲に早く報告したくて、次の日には梨咲の家に来ていた。


「早くない? この間彼氏欲しいって言い出したばっかりじゃん」


梨咲が楽しそうに笑った。


いつの間にか茉那が梨咲の家に行くのが普通になっていた。初めて来た時には女子力の高い部屋に気圧されたけど、いつの間にかすっかり慣れていた。いまではすっかり落ち着ける場所になっている。


「ちょうどタイミング良く告白されたんで」


「ナー子はその気になったらすぐに彼氏できると思ったけど、そんなに早く上手く行くとは思わなかったなぁ」


「偶然ってあるんですね」


「偶然というか、ナー子に魅力があるから告白してもらえたんでしょ?」


「そんなことはないと思いますよ。わたし、今まで男の人に告白されたことなんてなかったですし」


「昔のナー子も可愛かったけど、わかる人にはわかるタイプの可愛さだったからじゃないかな。イメチェンして、みんなにナー子の魅力が伝わるようになったんだって」


「わたし、全然可愛くないですよ……」


「ダメだよ、ナー子。そういうこと言うのは。もっと胸張らないと、自分のこと過小評価しちゃうのは良くないよ」


梨咲が呆れたように笑う。別に過小評価しているつもりは全くなかったのだけど。梨咲はそう言ってくれた。


「過小評価じゃなくて、事実ですよ」


そう答えると、梨咲はため息をつく。


「いつかその自信の無さが解消されると良いんだけどね」


自信のある無しの問題じゃないんだけどなぁ、なんて思いながらチラリと梨咲の部屋の掛け時計を見ると、すでに時間は18時を回っていた。


「あ、そろそろデートの時間なんでいきますね」


「なんかナー子、テンション低くない?」


「そうですかね」


面倒くさい気持ちが声に出てしまったのだろうか。正直デートに行くよりも、梨咲の部屋でのんびりと浸っている方がずっと楽しかった。重い腰をゆっくりと上げると、梨咲が心配そうに尋ねてくる。


「ねえ、ナー子は本当に彼氏のこと好きなの?」


「……好きに決まってるじゃないですか」


呆れたようにため息をついてみたけど、本当に好きなのかどうかは怪しかった。少なくとも、美紗兎に比べるとまったくもって魅力のない人だと思っている。そんなふざけた態度で交際を初めてしまったから、面倒なことに巻き込まれることになってしまったのだろうか……。


「月原って彼氏いるの?」


また別の日にバイト先の男の人に聞かれた。


「いえ、えっと……」


同じバイト先に彼氏がいるというのがなんとなく恥ずかしくてうやむやにしてしまった。それがいけなかったのだと思う。


「じゃあさ、今度ご飯でも一緒に行かない?」


短期間でまた突然ご飯に誘われてしまい、困惑してしまったまま煮え切らない返事をする。


「良いですけど……」


当然、ご飯に行くだけなら何の問題もないと思っていた。ただ一緒にお好み焼きを焼いて、食べただけ。少しボディタッチが多い気もしたけど、そんなことはそこまで気にすることでもないと思っていた。


だけど、次の日の夜、バイトが終わった後に、彼との帰り道、突然彼がムッとした調子で尋ねてくる。


「なあ、お前さ、浮気してんの?」


「へ?」


してないしてない、と首を横に振る。本当にしてないのだから。


「お好み焼き屋でデートして、そのまま一緒に寝たって聞いたけど?」


「へ?」


もう一度、大きく首を横に振った。お好み焼き屋には一緒にいったけど、その後はすぐに解散したのに。一体何が起きたのだろうか、訳がわからなくなる。


「ほんと、ないわ。誰にでも股開くんだな」


「何言ってるかわからないんだけど……」


「もういいよ。別れるから」


彼が舌打ちをしてから去っていった。捨て台詞にはムッとするよりも、訳がわからないという気持ちの方が多かった。


茉那は首を傾げながら、歩き続けた。足は梨咲の家へと向いている。


「梨咲さん、わたしフられちゃいました」


「そのわりには随分と明るい顔してるけど」


元々フラれたショックなんてまったくなかったから、とくに落ち込むことはなかったけど、それに加えて梨咲の家にやってきたから、自然と笑みが浮かんでいたのかもしれない。


「なんだか不思議とあんまりショックじゃないんですよね」


「別れたショックを引きずってなさそうでよかったけど、それはそれでドライすぎな気もするけど……」


「もうちょっと泣いたりした方がよかったですか?」


「ナー子の感情をあたしに決めさせないでよ……」


梨咲が困ったように笑った。


「アイスでも食べる?」


茉那が答えるよりも先に、梨咲は冷凍庫からアイスを取り出した。濃厚なバニラの味が舌でとろけて体に染み渡る。梨咲と一緒にいる時間は、とても安らぎを与えてくれる。あんな居た堪れない仕事場所よりも、ずっとここにいたかった。


結局、そのまま茉那はバイトを辞めた。こんなところで続けても気まずいだけだし。


だから、茉那が辞めた後の事の顛末については詳しいことはわからない。


ただ、後から聞いた話によると、茉那が付き合っていた彼は茉那の他にも彼女がいて、二股をかけていて、それが元で、ファミレスのホールで働いていた本命の彼女とも別れることになったらしい。そして、茉那とお好み焼き屋にいった男性は、虚言癖があり、みんなに茉那と付き合っていることを勝手に吹聴していたらしい。


そんなもろもろの話はあったのだけれど、結局最後に一人歩きをした噂は、茉那が男遊びを重ねた末、ファミレスバイト内の人間関係をめちゃくちゃにして去っていったというものだった。

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