第131話 恋とクラッシャー①
(みーちゃんのことを忘れるための恋か……)
茉那は先日の梨咲との会話を思い出しながら、始めたばかりのアルバイト先のファミレスの厨房で大きくため息をついていた。
料理は上手くないけれど、人前に出るのが恥ずかしいから厨房でお皿洗いや簡単な盛り付け等をメインで仕事をしていた。ジャブジャブと泡立つ水の中にあるお皿を順番に洗っていると、突然声をかけられた。
「ねえ、茉那ちゃん、今日終わった後時間あんの?」
「……ありますけど」
恐る恐る声の方をチラリと見ると、ほとんど喋ったことのない男の先輩がいた。いきなり下の名前で呼ばれて少し困惑してしまう。
なんだか軽薄な雰囲気で、あまり信用ができなさそうだな、と思っていた先輩。一応同じ大学の人らしいけど、何の用なのかまったく見当がつかなかった。
「じゃあ、終わったらご飯にでも行こうぜ」
「良いですけど……」
断れずに一緒にいくことにしたけど、なんだか不安だった。あんまり喋ったことのない人だったから一緒に行っても気まずそうだな、みたいな。そういう類の不安。
だけど、先輩は茉那の不安なんて気にせず上機嫌で話を進めていった。
「じゃあ、決まりね」
「あ、はい……」
乗り気のしないまま、茉那は一緒に晩御飯を食べにいくことになった。
「ここのラーメンめっちゃうまいんだよね」
バイト先の近くのラーメン屋に行って、茉那は曖昧に頷いた。正面で、先輩がずるずるとラーメンを啜っている。
一緒にラーメン屋に行くことになったけど、脂っこいラーメンはあまり得意ではなかった。上機嫌な先輩とは違って、茉那はあまりテンションはあがらなかった。
(みーちゃんと一緒に来てたら、苦手な脂っこいラーメンでも美味しく感じるんだろうな……)
ふっと目の前で笑顔の美紗兎が嬉しそうにラーメンを啜っている様子が浮かんだ。
(「茉那さん、ここのラーメンすっごく美味しいですよ! 早く茉那さんも食べてくださいよ!」)
きっと美紗兎ならそんなことを言うんだろうな、と考えながら茉那はラーメンを啜る。
口の横にスープを飛ばしちゃって、そっと拭いてあげるところまで茉那は想像してしまう。早く美紗兎のことを忘れないといけないのに、本人がいないときにまでしっかりと姿が浮かんでしまっている。
「ほんとだ、美味しいですね」
一応、お店の中では褒めておいたけど、口の中が油でベタベタしてしまっていて、あんまり味わえなかった。
美紗兎と一緒のときなら、何も気にせず勢いよく啜るけど、今は静かに啜っていた。メイクも落ちないように気をつけながら食べないといけないから、なかなかめんどくさいなと思ってしまう。
「てかさ、茉那ちゃん昔までめっちゃインキャで暗い子って感じだったけど、めちゃくちゃ可愛くなったよね」
「別に、可愛くなんてなってませんよ」
前半部分は流れるように昔の姿をディスられた気もするけど、気にはしないでおく。愛想笑いで返しておいた。
「彼氏の趣味?」
「へ?」
突然意味のわからないことを言われて、茉那が間の抜けた声を出した。
「いや、いきなり雰囲気が変わったからさ。彼氏がそういうの好きなのかなって思って」
「そういうのじゃないですし、そもそも彼氏はいませんけど……」
その瞬間、先輩の口元が緩んだようにみえた。
「じゃあさ、俺と付き合わん?」
「え?」
頭の中にクエスチョンマークがいっぱい浮かんでくる。あまりにも唐突な告白に混乱してしまう。男の人から告白されたのは初めてだった。
「俺、茉那ちゃんのこと好きになったんだよね」
「えぇ……、なんでわたしなんか……」
今まで目の前の先輩のことなんてまったく興味が無かったけど、好きな人として見られていると思うと、緊張してしまう。
「茉那ちゃんめちゃくちゃ可愛いのに、素朴で良い子だからさ、好きになっちゃったんだよね」
茉那は前髪をくるくると回し出した。遠くから見ていたら軽薄に見えたけど、実際に関わり合いになったら良い人なのかもしれない、と無理やりポジティブなイメージをはめ込んでみる。
美紗兎以外にストレートに恋愛感情をぶつけてきてくれた人は初めてだし、美紗兎を忘れるのに都合が良いかもしれない。
「良いですよ」と茉那はサラリと返した。美紗兎への恋心を忘れるには、別の恋で上書きするしかないみたいだ。
だから、この新しい恋人を上書きに使わせてもらおうと思って了承した。恋愛感情なんて、ほんの少しも無いけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます