第128話 梨咲先輩とか恋バナとか

「えぇっ!? ナー子彼氏できたことないの?」


梨咲が目を大きく見開いて、驚く。この間連絡先を交換したばかりだけど、茉那は早速梨咲の家にお呼ばれしていたのだった。


梨咲は缶チューハイを片手に、茉那は炭酸のジュースを片手に話をしていた。グラスの中で泡立つサイダーがシュワシュワと音を立てる。


「わたしなんかに、彼氏ができる訳ないじゃないですか……」


ため息をついてから、部屋を見渡すと、至る所に女子力高めな品が並んでいた。梨咲は毎日しっかりと自分を磨き続けているのだろう。メイク道具もろくに揃えていない茉那とは大違いだった。


「ナー子、自尊心低すぎじゃない?」


「自尊心とか、そう言う問題じゃなくて、事実なんですよ……」


茉那は、梨咲が不必要に買い被るから呆れてしまう。彼氏どころか友達だって、今までろくにできたことがないのに。


きっと、社交的でオシャレな梨咲にはそんな気持ちは全くわからないのだろうけど。


「事実じゃないってば! ナー子めっちゃ可愛いから、普通にモテてるんだと思ってた」


梨咲の言葉を聞いて、茉那が慌てて首を横に振る。


「そんなわけないじゃないですか」


「そうかなぁ」


ほんのり酔っている梨咲は茉那のすぐ近くに身を寄せた。真正面に座って、そっと茉那の前髪を持ち上げて、瞳を見つめる。何をするのかわからずに、思わず茉那はギュッと目を閉じてしまった。


「怖がらないでよぉ」


梨咲が呆れたように笑うから、茉那はおそるおそる目を開く。


「これでノーメイクなんだから、ずるいよね」


「な、何がですか……」


「必死にメイクしてもあたしはナー子よりも可愛くなれる気がしないから、ずるいなって」


「そんなことないです! 梨咲さんとっても綺麗ですよ」


茉那は思いっきり首を横に振って、思ったことを伝えた。


「そんなことあるんだけどなぁ……。でも、ありがと」


梨咲がまた茉那に顔を近づける。コロンのシトラスの香りと、ほんの少しだけ漂うアルコールの匂いが不思議な世界に誘ってきているような気がして、なんだか現実味が薄れていく。


とろんとした表情の茉那の視線の先で、梨咲が微笑んだ。


「ナー子って、小動物みたいで、庇護欲すっごい掻き立てられそうだよね。気をつけないと、彼氏に依存して、彼氏と一緒に破滅しちゃうタイプだね」


梨咲がケラケラと笑った。


「ど、どういうことですか!」


「守ってあげたくなるくらいかわいいってことだよ」


うんうん、と頷いて梨咲がさらに茉那の顔に顔を近づけた。おでこがピッタリとくっつきそうなくらい近い。


「そうだね、明日にでもヘアサロン行こっか」


「えぇっ!? いきなりなんでそんな話になるんですか」


「せっかくだから、大学デビューしようよ。彼氏できると思うよ」


「べ、別に彼氏とかいりませんから!」


「そうなの?」


はい、と茉那は頷いた。


「もしかして、もうすでに好きな人いるの?」


「い、いないですよ」


ほんのり顔を赤らめながら、茉那が答える。そんな表情の変化は、梨咲にはすぐ見抜かれた。


「ふぅん、そういうことか」


梨咲が楽しそうに笑う。


「じゃあ、やっぱりその彼と結ばれるためにもオシャレしないと」


「いいです。遠慮しときます。わたし、その子とは結ばれませんから」


「え? なんで? ナー子でも手を出せないくらいイケメンなの?」


「今の関係を変えたくないんです。大好きですけど、付き合って、別れるようなことになったら、わたしとあの子の関係は壊れちゃいますから。わたしはあの子のことは好きよりも、もっと好きだから、恋愛関係にはなりたくないんです……」


ふうん、と梨咲が不思議そうな顔で頷いた。


「あたしにはよくわからない感覚かも。あの子ってことは年下の子なの?」


茉那が頷くと、梨咲が微笑む。


「そんなに素敵な後輩くんなんだね」


「後輩くんというか、後輩ちゃんですけどね」


「あれ? 待って、ナー子が好きなのって、もしかして女の子?」


「そう、ですけど……」


茉那の周りには灯里とか、美紗兎とか、女の子が好きな人が多いから、とくに違和感は持たなかった。だけど、梨咲が驚いたような反応をしたから、ほんのり不安になる。おそるおそる梨咲の反応の続きを窺った。


「そっかぁ。なんか素敵だね。それだけナー子の心をギュッと掴むなんて、その子すっごく良い子なんじゃない?」


梨咲が優しく微笑んだから、茉那はホッとしながら、頷いた。


「すっごく良い子ですよ……。わたしには勿体無いくらい……」


「本気で好きなんだねぇ」


梨咲がうんうん、と大きく頷いてから、元気な声を出した。


「よし! じゃあ、その子のためにもやっぱヘアサロンに行こう! 付き合わないにしても、可愛い後輩ちゃんのためにも、さいっこうに可愛いナー子でいるべきだよ!」


「えぇ、でも……」


否定はしようとしたけれど、高校時代に美衣子にメイクを施してもらった時の自分が変わるあの感覚を思い出すと、そこまで悪いことではないのかもしれないと思ってしまう。


恋に近い感情から始まって、一時的とはいえ大事な友達になれた美衣子。そんな美衣子のことを思い出せる気がして、イメチェンにも前向きになってくる。


あの日、灯里と揉めてしまって結局メイクを落としたけれど、今度こそ、何か変われるかも。ダメな自分に変化を加えられるかも……。


「ね、ナー子。ちょっとだけだからさ!」


「少し変わるだけなら……」


「よしっ、決定!」


随分と楽しそうな梨咲とともにヘアサロンにいくことになったのだった。

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