第127話 大学入学と新しい出会い②

「えっと……」


「わたしは筒路つつじ梨咲りさ


首を傾げている茉那を方は見ずに、女性は名乗った。


「あ、わたしは月原茉那です」


「さっきあんたに声かけてたのはおとなしそうな新入生連れて、飲ませたりして、お持ち帰りしようとする人たち。学内ではちょっとした有名な団体だよ。だから、何も知らない新入生ばっかり狙ってんだよね」


「お持ち帰りって何をするんですか?」


「意味わかんないなら知らなくていいよ。でも、あんたは今それなりに危険な目に遭ったから」


「そうなんですか?」


あんまり怖そうな人には見えなかったから、茉那は首を傾げた。


「でも、大丈夫ですよ。わたし、未成年だしお酒飲めませんから」


梨咲がふうん、と曖昧に頷いた。


「まあ、そっか。あんた、茉那っていうんだっけ? 茉那は真面目そうだもんね」


いきなり下の名前で呼ばれて、距離感をグッと近づけられた気がした。


「けど油断しちゃダメだよ。大学はいろんな人がいるからさ、初めて会う人にはとくに。良い人そうに見えても信用しすぎちゃダメだよ」


「筒路先輩もですか?」


「そう。あたしもこわーいオオカミさんかもしれないよ」


そう言って、梨咲ががおーッと手の横で指を立てるポーズをして、笑った。本人は信用しすぎちゃダメとは言っていたけれど、きっと梨咲は信用に値する人だと思う。


「あの、わたしさっき筒路さんのせいで、カフェ行きそびれちゃったんで、連れて行ってもらえないですか?」


梨咲があまりにも軽い調子で楽しく話すものだから、つい茉那も普段は言わないような冗談を言ってしまった。すると、梨咲が頷く。


「それもそうだね。じゃあ、せっかくだし、今日は梨咲お姉さんの奢りでカフェに連れて行ってあげよう」


ありがとうございます、と微笑んで茉那はお礼を言ってから、先に歩く梨咲にくっついて、お店へと向かった。


「あの、筒路先輩……」


「そんなかしこまらなくても、梨咲でいいよ」


お店の前まで来て、梨咲の名前を呼ぶと、呼び方を訂正させられた。だけど、問題はそこではない。


「梨咲さん、このお店すっごく高いんじゃ……」


とてもおしゃれな店内には、煌びやかな人たちがたくさんいる。席についてメニューを確認すると、案の定、値段の高いものが多い。アイスコーヒーが1杯800円もする。


「あたしが全部出すから。茉那は気にしないで」


「そういうわけにはいかないです……」


さすがに今日会ったばかりの人に出してもらうわけにはいかなかった。


「いいよ。あたしも1回生のときには見ず知らずの先輩にご飯代出してもらったりもしたからさ。その代わり、茉那が2回生になったら、また別の後輩に奢ってあげたらいいんだよ」


そんなものなのか、と思い、茉那は納得する。


「では……、お言葉に甘えて」


そう言って、茉那はアイスコーヒーだけ頼んでおいた。


「そんな遠慮しなくても、ここのケーキ美味しいから頼みなよ」


メニューを渡されたけれど、茉那は慌てて首を横に振った。


「いいですから! わたしお腹いっぱいなんで……」


「遠慮しなくてもいいのにー」


そう言って、メニュー表を畳んだ梨咲は、アイスコーヒーを2つ注文してくれた。


「美味しいコーヒーですね」


茉那はミルクとガムシロップを2つずつ入れる。苦いのは苦手だった。


「味は他のお店とそんなに変わらないんじゃない?」


梨咲がケラケラと笑った。


「でも、ここのお店は雰囲気が良いからついつい立ち寄っちゃうんだよね。なんだかお嬢様になったみたいに煌びやかだからさ」


「ほんとですね」


茉那が微笑む。控えめだけど、温かみのある明るい電光が照らし、アンティーク調のテーブルの置かれた店内は、まるで貴族のお茶会に参加しているみたいな気分にさせてくれる。


「ナー子で良い?」


茉那の方を向いて発された言葉が何を表しているのか、初めはわからなかった。茉那が首を傾げると、梨咲が笑う。


「茉那のあだ名。マナ子よりも、ナー子の方が可愛いかなって」


「どっちでも良いですけど……」


今まであだ名で呼ばれたこともないから、内心嬉しかったけど、それを表に出すのが恥ずかしかったから、あんまり表情には出さなかった。


「じゃ、ナー子、これからよろしくね」


梨咲は茉那の方にスマホを差し出した。画面にはメッセージアプリのQRコード。流れるような連絡先の交換に、困惑しながらも茉那は梨咲と連絡先の交換をする。


「また会おうね」と梨咲が言いながら、慌ただしくお店を出ていった。茉那は奢ってもらったお礼も言いそびれてしまった。なんだか不思議な人だったけど、大学で知り合いができてよかったと思う茉那だった。

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