第125話 残された部屋で②

「ねえ、まなちゃん。みさとちゃんと一緒にいるのつまんないから嫌なんだけど」


「え?」と茉那の背筋が冷たくなる。いつも一緒に遊んでいる子たちが教室で、茉那の机を囲んで呆れたように言う。


「だって、あの子、まなちゃん以外と全然喋らないし、一緒にいても面白くないよ」


周りの子も言う。友達ができて喜んでいた美紗兎の笑顔を思い出して、茉那の胸がキュッと痛くなった。


「ねえ、今日からはあの子抜きで帰ろうよ」


茉那に対しては、あくまでも昨日までの優しいままだった。だから、その子の提案を呑んで、美紗兎と一緒に帰るのをやめれば、茉那は今まで変わらない学校生活を送れたかもしれない。


だけど、可愛い妹みたいな美紗兎のことをそんな風に悪く言うのが許せなかった。そんな子たちと一緒に仲良くできる気もしなかった。


「茉那は、今日からもみーちゃんと帰るから」


「えー。あの暗い子と一緒に帰るのやなんだけど」


「いいよ。茉那だけみーちゃんと帰るから、もうみんなとは帰らないから。絶交だよ」


ギュッと両手を握りしめて、目に涙を溜めて、俯きながら言う。みんな一瞬困惑したけど、結局は「勝手にしたらいいけど……」と言って茉那の元からは去っていった。


「今日はまなちゃんのお友達こないの?」


その日の帰り道、いつものように手を繋ぎながら帰っていると、美紗兎からそんなことを聞かれた。


「茉那、みーちゃんと2人で一緒に帰りたくなっちゃったから。……みーちゃんかわいいから、独り占めしたくなっちゃったんだ」


適当に理由を作って、美紗兎のことをギュッと抱きしめた。いきなりそんなこと言ったら美紗兎は困るかも知れない、と思ったけど、そんなことはなかったみたいだった。美紗兎がえへへ、と小さく笑った。


「みさともまなちゃんのことひとりじめするー」


嬉しそうに、美紗兎が抱きしめ返してきた。こんなにも可愛らしい美紗兎のことを悪く言う子たちと一緒にいるよりも、美紗兎のことを大事にしたかった。


おかげでクラスで浮くことになったけど、今までと変わらず美紗兎といれるのだからそれでいい。美紗兎の学童保育がある日は一人で帰らないといけないから、少し寂しかったけど、そんなことは別に気にすることもなかった。


そんなことがあったから、小学生の頃には美紗兎以外に仲の良い子はいなかった。


中学時代は、茉那がクラスの一軍女子の彼氏に告白されたことがあった。付き合っていることを知っていたから、茉那は告白を受け入れなかったけれど、プライドを傷つけられた彼女が茉那が彼氏を取ったと吹聴したのだった。そのまま茉那のことをクラスでハブる流れができてしまった。


学校中を根も葉もない噂が駆け回ってしまったせいで、茉那は悪目立ちしてしまった。


そんな経緯もあって、中学時代は茉那のほうから美紗兎のことをあえて避けていたから、本当に一人ぼっちだった。


せっかく友達ができつつあった美紗兎なのに、茉那と仲良くしていたら、美紗兎の周りからも人がいなくなってしまうかもしれない。美紗兎のことを茉那のせいで浮いた存在にするわけにはいかない。


高校時代は、茉那には美衣子という大切な友達ができた。仲良くなったきっかけは茉那の片想いだったけど、その感情はかなり早い段階で友情に置き換わっていた。美衣子のことは本当に大事な友達だったから、ずっと仲良くしていたかった。


だけど、美衣子と仲良くすることで、灯里とトラブルになった。そのうえ、灯里に怪我までさせてしまった。


だから、茉那は美衣子と離れたのだった。美衣子は灯里と2人でいれば平和に過ごせたのに、茉那のせいでその2人の仲に亀裂が入ってしまったから、申し訳なかったと思っている。


そんなふうに、茉那は高校時代まで、上手に人付き合いをすることができなかった。


そして、大学生になり、今度は1学年上の梨咲りさという先輩と仲良くなったのだった。どんどん堕落していく茉那にも、とても優しく接してくれた。そんな梨咲となら、今度こそ長い付き合いの友達になれるのだろうと、大学時代には思ったこともあった。


だけど、結局梨咲とも、同じようにもう連絡を取り合うことはなくなるわけなのだけど……。

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