第124話 残された部屋で①

美衣子が部屋から出て行き、美紗兎がそれを追いかけていったから、茉那は一人ぼっちになった。つい数時間前には、美衣子と美紗兎と一緒に楽しく誕生日のご飯を食べていたはずなのに……。


茉那は暗い部屋で一人、何も纏わない姿のまま泣いていた。美衣子に、美紗兎とのエッチを見られた。そして、冷たい目で見られて、家から出て行ってしまった。


だけど、茉那にとっての問題は美衣子が出て行ったことだけではない。


「みーちゃん、なんでそばにいてくれないの……」


そっとベッドの上から枕を取ってギュッと抱きしめた。枕の上に、次々と涙が落ちていく。美紗兎は茉那のためだと思って美衣子のことを追いかけてくれたのだろうから、責めてはいけないことはわかっている。


でも、茉那は美紗兎の温かさが欲しかった。寂しいから、美紗兎を抱きしめたかった。


たとえ、美衣子本人に見つかってしまうリスクがあっても、寂しい時には美紗兎を抱きしめたかった。せっかく美衣子と美紗兎が誕生日会を開いてくれたのに、美衣子を怒らせてしまった。


そして、その晩美紗兎を抱きしめてしまい、美衣子をさらに怒らせてしまった。そんな自分が嫌になってしまい、大きなため息をつく。


(みーちゃんはわたしのために慌てて美衣子ちゃんを追いかけてくれた。本当に優しい子だから、一刻も早く、わたしなんかのそばから離れて、幸せになってほしいのに……)


すでに底なし沼にブクブクと沈んでいる茉那の手を離して、美紗兎だけでも明るい生き方をしてほしいのに。美紗兎は絶対に手を離さない。茉那のそばからずっと離れない。


今日だって、茉那のために一緒に抱き合ってくれたし、茉那のために美衣子のことを寒そうな夜の中追いかけて行ってくれた。


「あんなにも素早く追いかけちゃうなんて……」


チラッと美紗兎の脱いだままになっている下着と洋服を見た。そして気づいた。


「……待って、みーちゃんはいったい何を着て出かけたの!?」


部屋で一人になってからしばらくして、ようやく気づいた。美紗兎は美衣子を見失わないように、服を着ずに出ていったのだろうか。


辺りを見回すと、部屋の入り口にかかっていた、茉那の薄手のロングコートが無くなっていた。それを着ていったのだろうか。この肌寒い秋の夜に、コート一枚だけを羽織って、裸同然の格好で出て行ってしまったのだろうか……。


「みーちゃんが風邪ひいちゃう!」


茉那が慌てて立ち上がった。


「追いかけないと……」


どこに行ったのかわからないけれど、探しに行かないといけない。寒空の下で、震えている美紗兎の姿を想像したら、居ても立ってもいられなくなってきた。


美衣子だって、茉那の家に荷物は置いているだろうから、きっと寝巻きの薄い服装で外に出ただろうから、寒いだろう。


大慌てで2人分の上着を持って、茉那は家を出た。美紗兎に簡単なメッセージを送った後、そのままスマホを部屋に忘れたまま。


寒空の下で静かな街を歩いている。虫の音と風の音だけ聞こえて、人の音はしない。部屋にいるときよりも、より生々しく孤独を感じてしまう気もした。まるで、こんなに広い世界で、一人だけでいるみたいに。美紗兎や美衣子と違って、きちんと外に行くための格好をしていのに、寒さを感じた。


(やっぱりわたしは一人ぼっちでいる方がいいんだよ……。温かさなんて求めちゃだめなんだ……)


知ってる。茉那はずっと周りから嫌われ続けてきたのだから。


小学生の頃は、茉那は比較的明るい子だった。仲良しグループにも属していて、習い事で習字教室に通っていた日以外は、毎日のように誰かと遊んでいた。


その一方で、小学校に入学したばかりの頃の美紗兎は人見知りが激しくて、ほとんど友達ができていなかった。家に帰っても、母親が遅くまで帰ってこない日が多くて、寂しい思いをしていることが多かった。


だから茉那は、美紗兎の学童保育がない日には、仲良しグループの子たちと一緒に、美紗兎も一緒に帰らせてもらっていたり、遊びに行ったりしていた。


初めの方は、グループの子たちは美紗兎のことを受け入れてくれていた。美紗兎に話しかけてくれたりもして、可愛がろうとはしてくれていた。


だけど、美紗兎は恥ずかしかったのか、頷くか、首を振るかでしか答えられなかった。話しかけられるたびに、帰り道に繋いでいた茉那の手をギュッと握っていたから、美紗兎にとってはプレッシャーがあったのだと思う。


良かれと思ってやっていたことだけど、もしかして茉那の友達と一緒に帰ったり遊んだりするのが嫌かも知れない思い、こっそり2人のときに尋ねた時もあった。


「みーちゃん、みんなでいっしょにいるのいやだったら、言ってね」


そう尋ねたら美紗兎が大きく首を横に振った。美紗兎が小さく笑う。


「みさと、おともだちできてうれしい!」


「そっか」


茉那が満面の笑みで微笑んだ。茉那の友達と美紗兎が仲良くしてくれることは嬉しかった。それに、入学当初は学校に行きたがらなかった美紗兎が、学校を楽しんでくれてることも嬉しかった。


だから、そんな日々が長く続けば良かったのだけど……。

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