幕間 幼少期の2人〜苦手な食べ物〜

美紗兎のお母さんが出張で家を空けることがあった。そんなとき、たびたび美紗兎は茉那の家に泊まりにくることがあったのだった。この日もまた、美紗兎は茉那の家に泊まりにきていた。


「みーちゃん、にんじんも食べないと大きくなれないよ」


茉那が困ったように諭すけど、美紗兎は嫌いな人参をまったく食べようとはしなかった。口をギュッと閉じたまま、大きく首を横に振って、髪の毛をを振り乱していた。


「ほら、すっごく美味しいよ」と言いながら、茉那は自分のお皿に乗っていた人参をパクパクと食べた。


茉那も人参が苦手だったけど、無理やりおいしそうに笑顔で食べる。自分が美味しそうに食べたら美紗兎も食べてくれると思ったから。


さっきまでのお皿の方を見ようともしなかった美紗兎が一瞬だけ人参を確認した。茉那がとっても美味しそうに食べたから、それが嫌いな人参なのかどうかもう一度確認したのかもしれない。


もしかしたら人参の形をしたお菓子みたいなものと思ってくれたのかも、と一瞬期待したけど、それを口にしようとはしなかった。


「にんじん、おいしいよ?」


「じゃあまなちゃんにあげる!」


美紗兎がプイッと横を向いてしまった。


「みーちゃんが食べないとダメだよ」


「食べないもんっ!」


どうしようかなぁ、と茉那は悩んだ。もう茉那の人参は無くなっているから、これ以上食べて見せることもできないし。ソファーの上に行儀よく佇んでいるウサギが本物だったら美紗兎の前で美味しそうに人参を食べてくれるのかな、と思った。


「ねえ、みーちゃん。ウサちゃんはにんじんが大好きなんだよ」


茉那の声を聞いて、美紗兎がキョトンとした顔で茉那を見つめた。


「みーちゃんもウサちゃんなんだったら、にんじん頑張って食べないといけないよ」


「みさとはウサギじゃないもん」


初めて茉那の家にきた時に美紗兎が自分のことウサちゃんと言い張っていたから、話を合わせたけど、もうウサちゃんを自称するのはとっくにやめていたようだった。


「……でも、ウサちゃんが食べてるんだったら、みさとも食べる」


美紗兎が少し不安そうにギュッと目を瞑ってから、横に座っている茉那の方を向いて、口を大きく開けた。この間抜けたばかりの隙間のある前歯を見せながら。


(食べさせてあげたらいいのかな……?)


茉那が人参をフォークに突き刺してから、美紗兎の口の中へと運んでいく。美紗兎がギュッと目を瞑ってまま、苦そうに口をもぐもぐと動かした。そのまま飲み込んでから茉那の方を見た。


「えらいね、みーちゃん」


一口とはいえ、苦手な人参を食べられた美紗兎の頭を撫でると、美紗兎がうれしそうに歯を見せた。


「ねえ、まなちゃん。みさと、ウサちゃんの仲間になれた?」


「なれたよ!」


やったー、と言いながら、また苦そうに、今度は自分の手で人参を食べていた。


「みさとも、まなちゃんも、今日からウサちゃんの仲間だね!」


すっかり綺麗になったお皿を見ながら、美紗兎が嬉しそうにしていた。


「まなもなんだね……」と少し困惑しつつも、美紗兎が全部食べきってくれたことを微笑ましく見守っていたのだった。

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