幕間 幼少期の2人〜美紗兎と小学校〜

「みーちゃーん、がっこー行こーよー」


茉那が背伸びをして呼び鈴を押す。新一年生の入学式が終わってから、初めての登校日。小学校3年生になった茉那は入学したばかりの美紗兎のことを玄関の外から呼んでいた。


今日から毎日美紗兎と一緒に学校に行けることが、茉那は楽しみで仕方がなかった。


いつもよりも、15分くらい早く学校に行く準備が終わってしまったから、美紗兎との待ち合わせ時間まではゆっくりとテレビを見ていた。だけど、そんな茉那とは違って、美紗兎は一向に外に出てこようとしない。


それどころか……。


「いやー! いかないーー!!」


半開きの玄関越しに、部屋の中から泣き叫ぶ声がした。


「わがまま言わないの。早く準備しなさい。茉那ちゃん待ってくれてるのよ」


美紗兎の母親が、無理やり玄関の前まで美紗兎のことを引っ張ってきた。しっかりと手入れされていたスーツも、美紗兎が引っ張ってシワになってしまっている。きっとこれから美紗兎を送り出してからすぐに仕事に行くつもりにしていたのだろう。


「ごめんね、茉那ちゃん。美紗兎、恥ずかしいからって全然学校行こうとしないのよ」


美紗兎は母親のパンツスーツにギュッとしがみついて、動こうともしなかった。


「みーちゃん、学校はこわくないよ」


茉那は普段よりもさらに優しい口調で言う。母親の後ろに隠れて、茉那のほうに顔だけ出して、美紗兎が不安そうに見つめていた。


「いっしょに行こうよ」


茉那が美紗兎のほうに手を伸ばした。


「がっこう、こわくない?」


うん、と茉那が大きく頷いた。


「まなちゃんといっしょにおべんきょうできるの?」


「学年がちがうけど、学校までいっしょに行ったり、帰ったりできるよ」


美紗兎が恐る恐る、活発な犬にでも触るみたいに慎重に手を伸ばしながら、茉那の手を掴んだ。


「いってきます……」と小さな声で美紗兎が母親に言う。美紗兎の母親が優しく安堵の笑みを浮かべて、2人のことを見送ってくれた。


美紗兎の手を引っ張りながら桜並木の中を歩いていく。美紗兎は不安そうに、茉那と繋いでいない方の手の親指をしゃぶっていた。


美紗兎の口が塞がっているから、会話はないけれど、美紗兎の手は温かくてなんだか安心する。美紗兎も同じように安心してくれてたらいいな、と茉那は思った。


風が吹くたびに桜が舞って、とても綺麗だった。2人のすぐ近くでもたくさんの桜が舞っていた。


「みーちゃん、かみの毛に桜ついちゃってるよ」


茉那が取ろうとすると、美紗兎が「だめ!」と声をだした。


「取らないの?」


うん、と頷いてから、美紗兎が服についていた桜の花びらを摘んだ。


「まなちゃん、あげる」


美紗兎が背伸びをしながら手を伸ばして、茉那の頭の上に桜を乗せた。


「おそろい!」


「ほんとだね!」


2人で手を繋いだまま、桜の花びらを髪の毛にくっつけながら一緒に学校へと歩き始めたのだった。

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