幕間 幼少期の2人〜出会いの日〜
「ほら、みーちゃん、挨拶しないと」
みーちゃん、と呼ばれた女の子が、母親にゆっくりと背中を押されて、茉那の前に一瞬だけ出てきた。だけど、すぐに恥ずかしがって母親の後ろに戻ってしまう。
「みーちゃん、茉那ちゃんにお名前教えてあげて」
「みゃーこ、みしゃと……」
小さな声で、甘い滑舌で名前を教えてくれた。
茉那がもうすぐ小学生に入学する頃に、
片方の手で母親の服の裾をギュッと握って、もう片方の手の親指をおしゃぶりみたいに口に咥えている。そんな美紗兎のことが、茉那はとっても気になってしまった。
「みーちゃん、おうちあがってよ!」
茉那は迷いなく美紗兎の手を引っ張った。だけど、美紗兎は首を横に振った。
「いい、みしゃと、もうおうちかえりたい」
足取りの重たい美紗兎を見て、手を引く力が弱まった。
「でも、まなはみーちゃんと遊びたいなぁ」
今度は茉那がしょんぼりとする。
「しらないひととあそぶの、はじゅかしいもん……」
「もう知らなくないよ。みーちゃんとまなはお友達だよ!」
「おともだち……」
美紗兎が小さく復唱した。
「まなのお家、おもちゃいっぱいあるよ! あとおいしいカステラもあるよ!」
「カウテラ……?」
「うん、カステラ! ふわっふわでおいしいんだよ!」
「おいしいの?」
美紗兎が尋ねてきたから、茉那は大きく頷いた。
「カウテラ、たべる……」
「じゃあ、お家入ろ」
美紗兎が静かに頷いた。指を咥えていない方の手を引っ張って、部屋の中に入っていく。キョロキョロと美紗兎は好奇心旺盛な様子で茉那の家の中を見ていた。
「あ! ウサしゃん!」
美紗兎が茉那の手を離して、ソファーの上に置いていたウサギのぬいぐるみの方へと駆け寄った。実物のウサギくらいの大きめのぬいぐるみを美紗兎が抱きしめていた。
マンションでペットは飼えなかったから、本物のウサギみたいにお気に入りにしていた宝物。
「ふわふわしてるんだよ」
「ふわふわぁ」
美紗兎がウサギのぬいぐるみをギュッと抱きしめていた。そんな美紗兎のことが可愛らしくて、茉那も思わず上からギュッと抱きしめてしまった。
「みーちゃんもふわふわしてるね」
何をもってふわふわと表現したのかはわからないけれど、とにかく美紗兎のことがふわふわしているように思えた。
「みしゃともウサしゃんだからふわふわしてるのかな?」
「みーちゃんはウサちゃんじゃないよ」
茉那が指摘すると、美紗兎はううん、と茉那の方を見上げながら、大きく首を横に振った。
「みしゃと、ウサしゃんなんだよ」
「そうなの?」
茉那が無邪気に首を傾げた。
「うん、みしゃとのおなまえ、ウサしゃんなんだって」
当時の茉那にはその意味がわからなかったけど、小学校に入学してから美紗兎の名前に兎という漢字が含まれていることを知って、納得した。
「みーちゃん、ウサちゃんなんだね。だからかわいいんだ!」
「うん、みしゃともウサしゃんかわいくて好き!」
絶妙に噛み合わない会話をしつつも、2人ともウサギが好きということは共通しているみたいだった。きっと美紗兎とは仲良くできると子ども心に確信した出会いの日だった。
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