第123話 茉那の家に帰る③

美衣子は落ち着いてきた美紗兎の手を引っ張って、立ち上がらせた。


「使いなさいよ。これから茉那といろいろ本音で話すのに、そんなぐしょぐしょに濡れた顔じゃダメでしょ?」


ソッとハンカチを差し出すと、一瞬躊躇してから、美紗兎が「ありがとうございます」と言って、ハンカチを使って、目元を拭った。


「なんだか茉那さんが美衣子さんのことを好きな気持ち、わかるかもしれないです」


美紗兎がいつものように、えへへ、と笑った。


「まったく、これから茉那と大事な話をするってときに浮気してちゃダメでしょ……。それに、茉那はたぶん、とっくの昔にわたしへの恋愛感情なんて無くなってると思うわよ」


なんなら、始めからなかったのかも知れない。茉那との出会いは唐突な告白からだったけど、あの日の茉那に恋愛感情があったのかは、今となっては怪しかった。真相はわからないけれど、少なくとも今の茉那は大事な友達だ。


「"美衣子ちゃん"として、一緒にいた関係は間違ってたのかもしれないですけど、美衣子さんとして扱われたのはそんなに悪い気はしないですね」


「よくわからないけど、褒め言葉として受け取っとくわよ」


「純度100%の褒め言葉ですよ」


それを尋ねてから、美紗兎が真剣な、でも少し悲しそうな顔をして、美衣子に尋ねた。


「あの、美衣子さん……」


「何よ?」


「わたしと茉那さんって結婚できますか?」


「いや、知らないわよ……。いきなりそんなこと言われても困るんだけど」


「茉那さんは多分忘れてると思うんですけど、小学生の頃に、わたし茉那さんと結婚する約束したんです。こんなめちゃくちゃな関係になっちゃったんで、結婚どころか、恋人になるのも難しそうですけど……」


美紗兎はえへへ、と寂しそうに笑った。だけど、美衣子は笑わなかった。あくまでも真面目に答える。


「そんなセンシティブな感情、部外者のわたしにわかるわけないでしょ? ……でも、まあ美紗兎ちゃんと茉那がこの後無事にいい関係気づけて、両思いになったらできるんじゃないの? 結局は今から美紗兎ちゃんがどう行動するかでしょ? その答えを出すのはわたしじゃないわ」


美紗兎の茉那に対する愛は重すぎるくらいだし、茉那は美紗兎には普通の幼馴染以上の好意は持っているだろうから、可能性は少なくともゼロではないと思う。


もちろん、そこにいくまでにたくさんの障壁はあるだろうから、2人がとても真剣でないといけないのも確かなのだろうけど。


「美衣子さんが優しい人でよかったです」


「いや、今の質問に別に優しさを感じる要素はないと思うけど……」


「即座に否定しなかっただけで、とっても優しいです」


「よくわからないけど、一応ありがとうと言っておくわ」


そんな風に、いつしか美衣子と美紗兎は打ち解け合いながら、茉那の家へと戻っていた。


いずれにしても、この面倒な2人の関係はようやく落ち着いたものになるはずだ。オートロックを解除してもらうために部屋番号を押す美紗兎の横で、美衣子も立って、茉那の反応を待つ。


「茉那さん、寝ちゃったんですかね?」


「スマホ鳴らせる? 起こしたらかわいそうだけど、さすがにこの格好は冷え込むし、美紗兎ちゃんはほとんど裸みたいな格好じゃないのよ」


美紗兎が頷いてから、スマホを耳に当てたけど、反応がなかった。


「変ですね……。とりあえず、メッセージを送って……って、茉那さんからメッセージいっぱい来てました!」


『みーちゃん、大丈夫?』3:26

『寒くない?』3:27

『探しに行くね。』3:27

『美衣子ちゃんの分と、2人分の上着持って行くから!』3:28

『今どこにいるの?』3:28


「30分前くらいに、探しに行っちゃったみたいです……」


美紗兎が慌ててメッセージの返信をする。だけど、それからいくら待っても既読はつかなかったみたいだ。


「『茉那さんの家の下に来てます』って送ったのに、まったく返信がないですし、既読もつかないです……。もしかしたら、慌てすぎてスマホ忘れちゃったのかも……」


「探してるのかしら……」


美衣子が言うのとほとんど同時に、美紗兎が駆け出そうとしたから慌てて手首を掴んだ。


「闇雲に探したって、どこにいるかわからないと思うわ。ここで待っていたら、いつか茉那は戻ってくると思うけど?」


「茉那さんはわたしたちのために寒空の中夜道を探してくれてるんですから、こっちも早く見つけてあげないと可哀想ですよ」


美紗兎の主語がであったことに、少し安堵の感情を覚えた。といって不要な自己犠牲的なコメントをしだすのかと思ったから。些細なことだけど、美紗兎の中で意識は変わりつつあるのかもしれない。


自分の恋は諦めて、勘違いして茉那の恋の支援をして一緒に暗闇を迷子になっていた美紗兎から、ほんの少しだけ脱したのかも。


「まあ、そうね。どのみち茉那を探し出さないと、薄着で長時間外にいないといけなくなっちゃってるし」


とりあえず、まずは美紗兎ともに、茉那を見つけ出さないと、前に進もうにも進めないだろうし。美衣子も一緒に探すことにしたのだった。

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