第118話 茉那はどこへ②

「返事来ないなぁ……」


未読のメッセージを見て、美紗兎はため息をついた。何の手がかりもないまま、日付だけが過ぎていく。ベッドにゴロリと横になったまま、天井を見上げた。


(茉那さん一体どこに行っちゃったんだろ……)


茉那と夏休みにいっぱい遊ぶどころか、夏休みに入ってからまったく会えなくなるなんて。


「そろそろ行かないと」


ぼんやりと呟いてから、重い腰をあげて、おそらくいないであろう茉那の家に向かう準備をする。


茉那が留守であろうことはわかっていたけど、茉那の家に行かないことには、何も変わらない。だから、いつものように茉那がいるのかどうかわからない家の呼び鈴を押すつもりだった。


だけど、その日は少し様子が違った。


(あれ……! 電気付いてる!)


いつもは夜でも真っ暗だった部屋の明かりが付いていた。


(茉那さんがいるんだ……!)


美紗兎が慌てて部屋に駆け寄って呼び鈴を押す。


「茉那さん! 美紗兎ですよ! 開けてください!!」


ワクワクしながら返事を待った。だけど、中から聞こえてきたのは優しい茉那の声ではなく、気怠そうな男の声だった。


(前に言ってた彼氏さんが家にいるのかな……?)


少しがっかり感はあるけれど、それでも茉那がちゃんとそこに存在してくれているのなら、それで良かった。今日は彼氏がいるならさっさと帰らされるかもしれないけれど、少しだけでも姿を見られたら満足だった。


だけど、インターホン越しに聞こえてきた声は美紗兎が欲しがっているものとは違うものだった。


「茉那って誰ですか? 美紗兎って人も知りませんけど……」


困惑した男性の声。


「えっと……。ここの家に住んでいる人だと思うんですけど……」


「いや、昨日からここは僕の家ですけど……。多分、前に住んでた人がその人なんだとは思いますけど……」


終始困惑しきった声が返ってくる。美紗兎の方も困惑したいけれど、それはこの男性に言っても仕方のないことだと思ったから、「すいませんでした……」と謝ってから、美紗兎はトボトボと引き返す。


(どういうことだろ……。もう茉那さんは引っ越して、この家にはいないっていうことだよね……? じゃあ、今はどこに住んでるの?)


突然消えてしまった茉那のことを思って、泣きそうになった。一体今どこで何をやっているのだろうか……。


メッセージアプリを確認してみたけれど、やっぱりまだ何も連絡は返ってきていない。美紗兎は大きくため息をついた。


(茉那さんに会いたいよ……)


会いたい感情を募らせながら、月日が経っていく。


茉那の居場所が知れたのは大学の授業が後期に入ってからしばらく経ったある日のことだった。


美紗兎がいつものように講義を受けようと座っていると、少し後ろから、話し声がきこえた。声の主は知らない人だったけれど、その内容はとても重大な情報だった。


「そういえば、例の月原茉那って人、大学辞めたらしいね」


「マジか。ていうかなんで今更? もっと辞めるタイミングあったでしょ」


「知らなーい。でも、大学ほとんど来てなかったし、辞めようとはしてたんじゃない」


そんな声が聞こえてきて、美紗兎の呼吸が早まった。


(茉那さんが退学? 嘘だよね……? せっかく茉那さんと同じ大学に通えたのに……)


気づけば、美紗兎は茉那の話をしていた女性たちの目の前に来ていた。


「え、誰?」


困惑する彼女たちのことは気にせず、美紗兎は尋ねた。


「あの、つ、月原茉那さんが退学って……。嘘ですよね?」


「知らないけど、後期に入ってからまったくゼミに来ないし、ゼミの先生が言ってたんだからほんとなんじゃないの?」


美紗兎の視界がぼんやりと滲んだ。不審な目つきで美紗兎を見つめる彼女たちが面倒くさそうに答えてくれた。


さっさと美紗兎にどっかにいって欲しそうだったから、目眩を起こしてよろめきながら、歩いていく。そのまま、美紗兎は講義の行われる大教室から出ていったのだった。

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