第117話 茉那はどこへ①

あの日の茉那は、明らかに美紗兎のことを拒んでいた。おかげで、あの日以降、茉那に会いにいくことを躊躇ってしまっていた。


あれだけ違和感満載の様子だったのだから、本当はすぐにでも、美紗兎の方から会いにいくべきだったのだと思う。だけど、会いにいくのが怖くて、メッセージも全然送ることはできなかった。


そんな葛藤を続けているうちに、半月以上の月日が経っていた。時が経てば気持ちは楽になると思っていたけれど、逆に時が過ぎれば過ぎるほど、重たくなっていく一方だった。


(このままじゃ、本当に茉那さんと仲直りする機会が無くなっちゃうよ……)


意を決して、恐る恐る茉那にメッセージを送ってみる。


『茉那さん、今から会いに行っても良いですか?』


だけど、そのメッセージは1日経っても既読はつかなかった。


『茉那さんのお家行きますね』


少し強引だけど、一方的に家に向かうことにした。残暑の中、汗をかきながら向かう。そして、家についてから呼び鈴を普段よりも力を込めて押した。


「茉那さん、茉那さーん!!」


ドアをドンドンと叩いて呼ぶ。だけど、茉那からの返事はなかった。


この間みたいにドアが開いているかもしれないと思い、ドアノブを引っ張ってみたけど、今日はまったく動かなかった。


出かけているだけならいいのだけど、もしかしたら居留守を使われているのかもしれない。


茉那が中学でみんなから嫌われていた頃、美紗兎が家に行ってもまったく相手にしてもらえなかったときの記憶がフッと蘇る。


「また明日来ますね……」


茉那がいるかどうかわからない部屋に向かって、不安そうな表情でそっと扉を撫でながら伝えてから、今度は大学へと向かった。


夏休み期間中でも、大学食堂や図書館は開いているから、もしかしたら学内にいるかもしれないと思って探し続けた。


だけど、どこにもいない。それから数日間、同じように茉那の家と大学に通ったけれど、茉那とはまったく会えなかった。


茉那の家に行くたびに、エントランスにある小さな郵便ポストから郵便物が溢れる量が増えているのも、不安を誘ってくる。


茉那はきっと家から出ていないか、どこかに行ったきり、家に帰っていない。毎日茉那の家と大学を探しても、どこにも茉那はいない。ただただ不安だけが増していっていた。


茉那とは全く会えなかったけど、代わりに、学内でばったり会ったのは梨咲だった。


以前にカフェで会った時とは違い、メイクをしていなかったから、一瞬気づかなかったけど、美紗兎のことを知り合いを見る顔で見つめていたから、わかった。美紗兎には知り合いに該当する選択肢がとても少なかったから。


暑さのせいか、梨咲はとてもぐったりとしていた。


「梨咲さん、茉那さんと最近会いましたか?」


開口一番尋ねると、梨咲はおとなしい声で「さあ、わかんないや」と答えた。


カフェで茉那と楽しそうに話した時とは全然違う雰囲気に困惑してしまう。あの日の明るく楽しそうだった梨咲は幻だったのだろうか。本当はおとなしいのに茉那と一緒にいるときだけ無理に明るく振る舞っているとか、そういうことだろうか。それとも……。


「あの……、茉那さんと何かありました?」


茉那と同じように、ぐったりした表情をしているから、2人の間に何も無かったとは考えづらかった。


「知らない。けど、もし何かあったとしても、そんな大事な話打ち明けられるほど、あたしはミサトちゃんと仲良くないと思うよ?」


その答えは、暗に何かあったことを教えてくれていた。だけど、きっと答えは聞き出せないし、聞きだせる可能性があるとしても、その答えを教えてくれるまでに幾つもの面倒なステップを踏まなければならないと思う。そして、それは少なくとも、数日間で終わるプロセスではなさそうだ。


美紗兎は「そうですよね」と無理に作った笑みを浮かべた。


今の梨咲はこの間会った時とは全く違う。あまり長くお話はしてくれなさそうだ。ならば、さっさと本題だけ伝えよう。


今美紗兎が欲しい答えはただ一つ、茉那が無事かどうか。そのために、今茉那がどこにいるのかを知りたかった。


「梨咲さんは茉那さんが今どこにいるか知ってます?」


「知らないけど、家にでもいるんじゃないの?」


「それが、いないんです。毎日通っているのに、どこにもいないんですよ。家にも、大学にも。メッセージも見てくれなくて、わたしどうしたらいいかわからなくて……」


美紗兎の答えを聞いて、梨咲が明らかに動揺して、不安そうに顔を顰めた。


「し、知らない。あたし、何も知らないから……」


早口でそれだけ言って、梨咲は早足で茉那の元から逃げるようにして去っていった。


「あ、待ってください」と引き止めようとしたけれど、もう梨咲が美紗兎の方を向くことはなかった。だけど、明らかにマズイ状態であることは振る舞いから理解した。


9月12日

『明日お家に行ってもいいですか?』11:22

9月13日

『今日暇ですか?』10:05

9月14日

『明日もまたお家に行きますね』21:52

9月15日

『今どこにいるんですか』17:18

9月18日

『茉那さん、会いたいです……』19:37


どれだけ待っても、一つも既読は付かなかった。

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