第114話 壊れた感情③

長くても、10分もすれば、ハグの時間は終わるものだと思っていた。だけど、茉那が反応を示したのは1時間程経ってからだった。エアコンが効いていても、密着をしている場所には冷風は当たらず、汗だくになっていた。


「あったかい……」


茉那がようやく小さな声で呟いた。


まだ元気はなさそうな声だけど、反応してくれたのが嬉しくて、美紗兎は抱きしめ続けた。やっぱり茉那は抱きしめると喜んでくれるみたいだ。


「茉那さん、大丈夫ですか?」


茉那の背中をさすりながら、もう一度、ゆっくりと聞いた。


「みーちゃん……」


小さくだけど、名前を呼んでくれた。だから、美紗兎は安心したのに、次の言葉を聞いて、混乱した。


「脱いで……」


「……え?」


脱いで、ともう一度、耳元で囁かれた。甘い声に耳を撫でられたけど、それがどう言う意味かわからなかった。今の状況と、茉那の言葉がうまく合わせることができなかった。


「脱ぐって……」


すでに下着姿になっているから、これ以上脱いだら……。


「もっと、あったかくして……」


付けっ放しのエアコンが音を立てている暑い日の部屋で聞く言葉として適切なのかどうかはわからなかった。


茉那の方をチラリと見たけど、相変わらず表情がわからない顔をしている。血の気の通っていないお人形みたいな可愛らしい顔は何を見ているのかよくわからなかった。


美紗兎は大きく息を吐き出してから、ゆっくりと下着を脱いでいった。


一緒にお風呂に入ったことはあるから、茉那の前で裸になることは何度かあるけど、部屋の中で裸になったのは初めてだった。


「脱ぎましたけど……」


美紗兎の様子を見て、茉那は小さく頷いてから、表情を変えずに服を脱ぎ始める。キャミソール越しでも強調されていた大きな乳房が何も纏わずに無防備になって現れた。そして、ゆっくりとショートパンツとショーツも脱ぎ捨ててしまった。


高校時代は全体的にほんのり丸かった茉那だけど、今はウエストが引き締まっていて、メリハリがある体型をしている。


床に座っていた美紗兎が茉那を見上げた。暗闇に佇む肢体がとても美しくて、息を呑んでしまう。


茉那が今度はゆっくりとしゃがんで、美紗兎の視線に合わせると、そっと右手を美紗兎の頬にくっつけた。


相変わらず何を考えているのかわからない表情だけど、その仄暗さが月の明かりしか照らすもののない暗い部屋の中で、やけに妖艶に照らされていた。


茉那がゆっくりと美紗兎の髪の毛を撫でてから、そのままの流れで背中の表面を優しく撫でてくれた。美紗兎はじっとして、ただ茉那の好きなように任せた。


茉那がいつもとは違う状況を本当はもっと心配しないといけないのに、それ以上に茉那に触れられるドキドキとした感情が勝ってしまっている自分の気持ちに罪悪感を抱きながら。


座ったまま、茉那がギュッと美紗兎の体を抱きしめている。耳元で、茉那の呼吸が触れていると思ったら、ゆっくりと、耳たぶを茉那の舌が這った。


突然のことだったから、ヒャッ、と美紗兎が思わず声を出してしまった。


可愛い、と茉那が耳元で囁いてから、美紗兎の身体をゆっくりと床に横たわらせた。


そのまま、茉那は覆いかぶさるようにしながら、美紗兎に近づく。足同士を挟み込むような格好をして、重たい胸を遠慮なく乗せてくる。乳頭同士が触れ合ってしまって、思わず美紗兎がまた喉の奥から声が出そうになったのを、必死に堪えた。


美紗兎の顔に、茉那が顔を近づける。横たわった状態で、鼻先が触れてしまいそうな距離に近づけられて、美紗兎の心臓の動きがどんどん早まっていった。


スースーと弱い吐息が美紗兎に触れる。


近くで茉那の瞳を見つめてると元々黒目の割合の大きな瞳がさらに黒目に占められているように見える。今の茉那は作り物みたいで、可愛さと狂気が混じり合ったような表情にも思えた。


エアコンの送風音くらいしか聞こえない薄暗い部屋の中で起きている今の光景に、現実感なんてものはほとんどなかった。


そんなことを考えていると、茉那の唇が美紗兎の唇に触れる。


小学生の時の花火大会の日に、美紗兎が茉那にキスをしてしまったとき以来の口づけだ。


こんなに不安でいっぱいの状況なのに、茉那の柔らかい唇に触れられて、いろいろなことが考えられなくなってしまう。


すでに感情がいっぱいいっぱいになっているのに、茉那は美紗兎の口内で舌同士もしっかりと触れ合わせる。喉の奥から漏れてしまいそうな声を必死に堪えた。


体の全部を余すことなく触れ合わせるように、茉那は美紗兎のことを抱きしめ続けた。


こんな異常な状況にも関わらず気持ち良さを感じてしまっている罪悪感とか、一体茉那はどうしてしまったのだろうかという心配とか、いろいろな感情が美紗兎の中に渦巻いていた。


とはいえ、形はどうであれ、茉那が美紗兎のことを愛してくれたのだから、それがとても嬉しくて、どうしたらいいかわからなくなってしまっていた。


しばらく抱きしめられた後、茉那が美紗兎の体から離れて、座り直してからも、まだしばらくは起き上がれなかった。美紗兎は両手で口元を押さえて、音を立てずにバレないように泣いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る