第112話 壊れた感情①
茉那と一緒にたこ焼きパーティーをする当日、美紗兎は期末試験が終わった解放感と、夜に茉那と会える楽しみから、飛び跳ねるようにして教室から出ていった。
5限のテストが終わってから、急いでスーパーへと向かう。さっさとたこ焼きパーティーのための材料を買って、茉那に会わないと。
茉那は彼氏ができても美紗兎と仲良くしてくれるようになった。茉那が状況に関係なく昔みたいに美紗兎と仲良くしてくれることはとても嬉しかった。
その反面、いよいよ茉那が本当に彼氏との仲が深まって、2人だけの世界を作っていってしまうのではないだろうかと思うと、不安もあった。
(茉那さん、もうわたしで温かさを感じてくれないのかも……)
昔から、ことあるごとに茉那は温かさを感じるために美紗兎を抱きしめてくれたけど、これからはそういう必要もなくなってしまうのかも。
茉那にとって、美紗兎の温かさは唯一無二のものだと思っていた。だけど、信頼できる彼氏ができてしまったら、それは変わってしまうのかもしれない。これからは茉那の彼氏が茉那の心を温めるのだろうか。
そう思うと、無性に寂しくなってしまう。だから、美紗兎は慌てて首を振った。
(茉那さんがやっと幸せになれるんだから、喜ばないと……!)
この前は彼氏ができたお祝いをすることを拒んでいたけど、今度はちゃんとお祝いしてあげても良いかもしれない。きっと今までよりもずっと相性バッチリの彼氏なのだろうから、今度こそ長続きするだろう。
そんなことを考えながら、買い物を続ける。汗ばんだ体を、冷たいくらいのエアコンの風に撫でられながら、美味しそうなタコを見繕う。
ネギも蒟蒻も粉も、普段自分用の料理をするときよりもこだわって選んでいく。チーズや明太子やお餅やチョコレート、変わり種用のものも購入しておこう。
そうして、集めた食材を持って、お店の外に出る。夏の長い夕方なら、本来まだ陽は沈み切るような時間ではないはずなのに、入店した時とは打って変わって、雲がかかって空は薄暗くなっていた。
一雨来そうな気がして、足を速める。暑い気温のせいで、どんどん汗をかいていく。
(汗臭くなっちゃいそうだから、茉那さんの家に着く前に、汗拭いといた方がいいかも……)
そんなことを考えながら足早に進んでいくと、ポツリと冷たいものが鼻先に当たった。
「降ってきちゃった……」
この頃毎日のように夕立が降ってきていたのに、傘を忘れたことは不覚だった。
せっかく茉那と一緒に平和にたこ焼きを焼く予定だったのに、なんだか幸先が悪くてゲンナリしてしまう。両手がスーパーの袋で塞がっているから、雨に濡れながら走るしかない。
カミナリが鳴り響く中急いだけど、荷物が重くてうまく走れなかった。ようやく到着した時には、すっかり陽は沈んでしまっていた。
(袋の中も濡れちゃった……)
ため息をつきながら、茉那の家の呼び鈴を押そうと指を近づけた時に、一瞬寒気がした。
(雨に濡れたからかな……。風邪ひいたら夏休みに茉那さんと遊べる時間が少なくなっちゃうかもしれないから、今日は茉那さんに服を借りた方がいいのかも……)
そんなことを考えながら、ギュッと呼び鈴を押した。中からピンポーンと音がしたから、いつも通りすぐに茉那が出てくると思って待つ。
だけど、1分程待っても茉那は一向に出てこなかった。美紗兎は首を傾げてからもう一度呼び鈴を押す。
また、しっかりと室内からは呼び鈴の音は鳴った。それでも、茉那は出てこない。
(茉那さん、もしかしてどこか出かけているのかな……)
あまりにも人の気配がしないから、どこかに出かけているのかもと思ったけれど、今のメンタルが落ち着いてる茉那が、美紗兎との約束を反故にするわけはないと思い、首を振った。それに、茉那もたこ焼きを楽しみにしていたから、きちんと待っていてくれているはずだ。
「茉那さーん、いたら返事してくださーい」
美紗兎がドアを直接3回ほどノックしてみた。だけど、やっぱり中から反応はない。ドアに耳をくっつけて音を聞こうとしても、聞こえるのは逆の耳から聞こえてくる雨音くらいだった。
(やっぱり留守なのかな……?)
仕方がないから帰ろうと思ったけど、何か嫌な予感がしてくる。
(なんだろう……、茉那さん、まさか倒れてたりしませんよね……?)
美紗兎の背中から、暑さからくるものよりも、もっとじっとりとした不快な汗が流れてくる。
「茉那さん! いませんか?」
もう一度反応のない室内にむけて声を出して、何度か力一杯ドアを叩いた。けれど、やっぱりまったく反応はない。
今度こそ諦めて帰ろうとしたけど、その前に、念のためにドアノブを握って鍵が開いていないか確認だけしておく。当然開かないものだと思ってドアを引っ張ってみたのに、思ったいたよりずっと軽くドアは開いてしまった。
「え……?」
勢い余って転びそうになったところを慌てて踏ん張る。
「なんで開いてるの……?」
ドアが開いているから、人はいるはず。それなのに、中から声が返ってこないなんて、とっても不安になってしまう。
美紗兎はごくりと唾をのみこんだ。
「茉那さん、入りますね……」
そう言って、ゆっくりと中を覗いてみる。
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