第111話 束の間の平穏④

「……2点で340円です」


コンビニの店員さんの声で美紗兎は我に帰った。美紗兎が慌ててカバンからスマホを取り出して、決済の準備をする。


そのまま慌ただしくコンビニをでながら、茉那の好きな、バニラ味のカップアイスと、美紗兎の好きなチョコレート味のカップケーキを持って帰っていた。アイスが溶けないように急ぎ足で。


「茉那さん、帰りましたよー」


「おかえりー。外暑かったでしょ? 早く食べようね」


部屋に戻ると、出る前よりもエアコンの温度を下げて茉那が待っていてくれた。


「汗かいたでしょ? 服着替える?」


茉那が自分の服を持ってきてくれたけど、慌てて首を横に振った。好きな人の服を着るなんて恥ずかしかった。それに、露出の多い服を着られるスタイルだとも思わないし。


「だ、大丈夫です。わたしと茉那さんじゃサイズ合わないですし……」


「そっか、みーちゃん背高いもんね」


「わたしは平均身長くらいですけど……」


茉那が小柄だから、たしかに身長的にもうまく着られないかも知れない。だけど、それ以上に美紗兎と茉那のスタイルには全然違う箇所がある。


「茉那さんみたいにスタイルよくないですから……」


胸の大きさを比べて、美紗兎はため息をついた。キャミソールを着ているから、普段以上に強調されている、メロンみたいに大きな胸をした茉那の服は、きっと美紗兎には緩すぎる。


「わたし、ちんちくりんでスタイルはまったくよくないと思うけど……」


茉那が小首を傾げた。そして、さっさと話題をかえていく。


「まあいいや。早くアイス食べないと、溶けちゃうよ」


机の上に置いていたアイスが解ける前に、茉那が急いでスプーンを取りに、キッチンへと向かう。


ありがとうございます、とお礼を言ってから、スプーンをアイスに突き刺す。ほんの数分歩いていただけなのに、すでに夏の太陽はアイスを柔らかくしてしまっていた。


「すいません、溶けちゃてますね……」


「ちょっとくらい柔らかい方が、夏って感じでわたしは好きだな」


エアコンの効いた部屋の中で茉那と一緒にアイスを食べることはとても落ち着いた。こんな毎日が続けばいいのに、と思いながらチョコレート味のアイスを頬張っていく。舌先で溶けて、口の中にチョコレートの甘い味が広がっていった。


「茉那さんには悪いかもですけど、茉那さんに彼氏がいなかったらいっぱい遊べるから嬉しいです」


気が緩んでいた美紗兎は思わずそんなことを言ってしまった。


今の茉那は、昔の優しかった頃の、美紗兎のことを気づかってくれるときの茉那だと思ったから、本音で話した。


茉那には少しくらい、寂しい思いをしていることをわかってほしかった。


そんな美紗兎の言葉を聞いて、茉那は「えっと……」と困ったような反応をする。


「ごめんね、みーちゃん。わたし、今彼氏いるんだ」


「えぇっ!?」


別に茉那に彼氏がいること自体にはもはや慣れた。昔の茉那からしたら信じられないだけで、大学に入学してからの茉那については取っ替え引っ替え彼氏と付き合っていることにはもう慣れていたのだから。


ただ、今までの茉那は彼氏ができたら大抵美紗兎には塩対応になっていたから、こうやって楽しい時間を茉那と過ごせることが信じられなかった。


「今の彼氏とは結構波長が合うんだよね。なんか今までの彼氏の中では一番しっくりくるというか、これ以上の人はみつからなさそうというか……」


「そ、そうなんですね。良い彼氏さん見つかって良かったです」


無理やり微笑んだ。今まで恋愛に悩んでいた茉那が、ようやくしっくりくる人が見つかったのだから。やっと、茉那が彼氏を取っ替え引っ替えする生活から逃れられるのだろう。それはきっと素晴らしいことだ。


それなのに、茉那は惚気話をしているとは到底思えないような浮かない顔をしていた。


「茉那さん、どうしたんですか?」


「え? 何が?」


「なんだか気落ちしたような表情してたんで」


そう尋ねると、茉那が微笑む。


「やっぱりみーちゃんはわたしのことちゃんと見てくれてるんだね、嬉しい」


一体何があったのだろうかと不安そうに次の言葉を待っていると、茉那が続けた。


「今の彼氏とは今まで一番波長が合うのに、それでもみーちゃんと一緒にいる時みたいな安心感とか温かい感じはしないんだ……」


茉那が困ったように笑う。それが喜んでいい話なのかどうかわからずに、曖昧に笑い返した。


「で、でも今の彼氏さんとうまく言ってるんだったら良かったです」


えへへ、と美紗兎が笑うと、茉那が明らかな作り笑いで頷いた。


「これで良いんだよね……」


小さく呟いた言葉は聞こえなかったことにした。茉那が不安そうにしていたから、美紗兎が無理やり満面の笑みを浮かべて、話題を変える。


「茉那さん、試験期間が終わったらたこパでもしませんか? わたし自分でたこ焼き焼いたことないんで、茉那さんと一緒にたこパしたいです!」


美紗兎の提案を聞いて、茉那の表情がパッと明るくなる。


「いいね、やろうよ。うちにたこ焼き器あるからそれ使おう」


「じゃあテストが終わった日に、材料持って茉那さんの家に行きますね!」


「うん! みーちゃんとたこパするの、今から楽しみだなぁ」


こうして美紗兎と茉那はまた次回の遊びの約束も取り付けたのだった。大学生の夏休みは長いし、今年は茉那と一緒に夏を満喫できるのかもしれない。


(受験生のときに、一生懸命勉強してよかったなぁ)


美紗兎が心の中で喜びを噛み締めていた。


もっとも、茉那と一緒にたこ焼きを焼く機会は訪れなかったのだけど……。

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