第105話 茉那の先輩①

気まずい場面を見てしまった次の日、美紗兎はできるだけ普段通りを心がけて茉那の家を訪れた。


「みーちゃん、いらっしゃい!」


玄関に入ると、茉那がいつもよりも強い力でギュッと抱きしめてくれた。


まるで、茉那の元から離れないようにと念でも込めるような抱きしめかた。美紗兎のことを気まぐれで突き放しているのは茉那の方なのだけど、と心の中で苦笑いをしてしまう。


今日の茉那は美紗兎のことをとても可愛がってくれているということは、昨日の怖そうな彼氏とは無事に別れたということなのだろう。


「ねえ、みーちゃん。今日はちょっとお出かけしようよ」


「もちろんいいですよ」


ようやく茉那と二人でのんびりと遊びに行けるから、美紗兎の口から自然と笑みが溢れてしまう。


「よく行くカフェがあるから、そこでも良い?」


美紗兎は大きく頷いた。茉那と一緒に行けるのならどこに行っても楽しい。


茉那に連れられてしばらく一緒に歩いていると、おしゃれなカフェに着いた。


「うちの大学の近くには大きな会社もいっぱいあるから、オシャレなカフェも多いんだ」


店内に入ると、アフタヌーンティー用の3段のケーキスタンドが目についた。美紗兎は画像投稿用のSNSをやっていないからわからないけど、きっとこれがえるというやつなのだろう。


店内にはおしゃれな人たちがいっぱいいて、自分が場違いな場所に来てしまったようで、美紗兎はテンションが下がってしまう。せっかく茉那と一緒にカフェに来たというのに、不安な気持ちが先行してしまっていた。


「なんだかこのお店わたしには場違いみたいですね……」


美紗兎が冗談っぽく言った。


「そんなことないよ。みーちゃんが場違いだったら、わたしなんてもっと場違いだよ」


茉那は笑ったけど、今の茉那が言っても嫌味になるような気がする、と内心美紗兎は思ってしまった。


一人だけ、美紗兎のことを置いて勝手に大人になってしまったような垢抜けた茉那は、このオシャレなお店の中でも充分馴染めていた。


「好きなの選んでいいよ」


茉那に渡されたメニューを見たけど、アイスコーヒーが800円もするのを見て、躊躇してしまう。上京したばかりでまだお金もほとんどないし。


「お水だけでも大丈夫ですかね……」


「どうしたの? あんまり口に合いそうなものなかった?」


「いえ、そういうわけじゃ……。その、言いづらいんですけど……、値段が……」


美紗兎が恐る恐るいうと、茉那が大きな目をもっと大きく開いてから、クスッと笑う。


「なんだ、そういうことか。それなら心配しなくていいよ、わたしが全部出すから」


「え、いや、そういうわけには……」


「大丈夫だよ。今日はみーちゃんの入学祝いも兼ねてってことで。入学してから結構時間が経っちゃったけど」


そろそろ梅雨入りしそうな時期だから、たしかに入学祝いというのには少し遅いかもしれない。でも、茉那がお祝いしれくれるのは嬉しいし、お言葉に甘えておくことにした。


「ありがとうございます。じゃあ、わたしケーキセットにしますね」


「あれは良いの?」


茉那がクスッと笑ってから、近くのテーブルに座っている人が頼んでいたケーキスタンドを指差す。美紗兎は大きく首を横に振った。


「いいです、大丈夫です!」


そんな高そうなもの茉那のお金で食べられない。ケーキセットの1500円にもすでに相当申し訳なく思っているというのに。


「そっか。じゃあ、わたしも同じのにしよっと」


そう言って、茉那が慣れた様子で店員さんを呼んで、ケーキセットを2つ注文してくれた。美紗兎はチョコレートケーキを、茉那はチーズケーキを選んだ。


「茉那さんってバイトとかしてるんですか?」


お金をもってそうな様子だったから尋ねてみると、茉那が頷いた。


「今はしてないかな。でも、入学したばっかりの時はハンバーガーのお店でバイトしてたよ。みーちゃん、バイト探してるの?」


「いえ、そういうわけでは……」


探しているというより、すでに塾講師のアルバイトをしていた。入学してすぐにバイト先は見つけておいた。茉那に会いたいから無理して東京の私立大学に来たから毎日の食費に困るくらいお金はないし。


もちろん、そんな弱音は茉那の前では吐けないけど。


「バイト先に困っていたら、わたしも一緒に探すからなんでも言ってね。お金もないんだったら貸してあげるから!」


「茉那さんは結構仕送り貰えてる感じなんですか?」


「仕送りは家賃の分と同額貰ってるから、結構貰ってる方かも。でも、なんで?」


「いえ、バイトしてないって言ってたからどうやってお金工面してるのかなって思いまして……」


一瞬茉那が困ったように上をチラリと見てから、微笑んだ。


「節約とか頑張ってるからかな」


家賃分しか貰っていないんだったら節約してもバイトなしで生活は可能なのだろうか。


美紗兎は疑問に思ったけれど、その疑問を解消する前に茉那があっ、と小さな声を出して、お店の入り口の方をみた。そして、不貞腐れたような表情で手を振りだした。


誰だろうと思って、茉那の手を振る方を見ると、同じように茉那の方に手を振っている女性がいるのが見えた。

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