第104話 優しい時と冷たい時②
それからも毎日のように美紗兎は茉那の家へと通っていて、その日もいつものように茉那の家へとやってきた。
「茉那さん、また来ましたよー」
「あ、いらっしゃい……」
いつものようにハグで迎えてくれるのかと思っていたけど、今日は茉那はさっさと上がるように促した。
「ねえ、茉那さん。おすすめのサークルとかあったら教えてください」
すでにサークルに入部するタイミングは過ぎている気もするけど、別に良い。茉那と会うための口実になりそうなら話題なんて何でも良かった。
楽しそうな美紗兎とは反対に、茉那は「ああ、うん……」と乗り気ではなさそうな声を出した。
「茉那さん……?」
なんだか今日の茉那は塩対応に戻っている気がして不安な気持ちになってくる。
「ごめんね、みーちゃん、今日もうちょっとしたら出かけないといけないから……」
「あ、そうなんですね。今日予定あったんですね」
それならそうと言ってくれればよかったのに、と思いながら美紗兎は帰ろうとして、ドアノブを握った。
だけど、帰る前に一つだけ茉那に確認しておくことにした。
「あの、茉那さん……」
「どうしたの?」
「もしかして、新しく恋人ができたんですか……?」
この間は彼氏と別れてから美紗兎に構ってくれるようになったから、もしかして、彼氏の有無が美紗兎への扱いと関係あるのかと思った。
できれば、しっかりと否定して欲しいな、なんて思いながら答えを待ったけれど、答えは美紗兎の待っていたものとは違う。
「えっと……」
困ったように茉那は頷いたから、美紗兎は微笑んで、無理やり明るい声を出した。
「彼氏できたんなら教えておいてくださいよー。今度は茉那さんの家で彼氏できたお祝いしなきゃですね」
「ううん、多分すぐ別れるからいいよ」
「え?」
前に別れてからまだ半月程しか経っていないから確かにそんな短期間に彼氏ができたことには違和感があった。
だけど、付き合って早々に別れる可能性のことを示唆するものなのだろうか。困惑している美紗兎を見て、茉那は付け加えた。
「全然男の人とうまくいかないんだ。付き合ってもすぐに何か違うってなっちゃうの。なんでだろうね。わたし、恋に向いてないのかな」
どう答えたらいいのかわからなくて、変な空気が流れてしまっていた。美紗兎は静かにドアノブに手をかけた。
「えっと……、わたしお邪魔しないようにさっさと帰りますね……。デート、楽しんできてくださいね」
「……うん、ありがと」
茉那の声を背中が側から聞いて、美紗兎はソッと部屋を出た。
ドアを閉める直前に、茉那が小さな声で「楽しめないんだけどね……」と呟いたのが聞こえた気もした。
それからさらに半月ほどが経ったある日、美紗兎は茉那の家の近くを歩いていた。彼氏とデートで忙しいのならあんまり会わない方がいいのかもしれないというのはわかっていたけれど、それでもやっぱり茉那と会いたくなってしまった。
まだ彼氏がいるのなら塩対応をされてしまうのだろうかと不安な気持ちも持ちつつも、やっぱりまた会いたいと思ってしまう。適当にあしらわれても良いから、少しだけでも茉那と会いたかった。
一応、デートが終わってそうな夜遅めの時間を選んで、茉那の家の呼び鈴を押す。
「すいません、茉那さん……、あの、忙しかったらもう帰りますから……」
茉那が中にいるのかどうかもわからなかったけど、とりあえず、外から呼びかけてみた。すると、カチャリと鍵の開く音がした。
「あ、茉那さん……」
一瞬ホッとしたように浮かべた笑顔を、美紗兎はこわばらせた。
「どうしたの、みーちゃん? 何かあったの?」
何事もなさそうに茉那が小首を傾げたけど、その姿は明らかに現在進行形で何事かがあったようなものだった。
裸にタオルケットだけ巻いて、ほんのり赤く染まる顔。そして、肌についている白濁液……。
美紗兎は見てはいけないものを見てしまってのかもしれないと思い、慌てて目を逸らして、帰ろうとした。
「す、すいません……、わたし、タイミング間違っちゃってますよね……」
というより、そもそもそんな性行為の途中でドアを開けるなんて思わなかったのだけど。
そんな美紗兎の言葉を、茉那はゆっくりと首を振って否定した。
「ううん、正解だよ。やっぱりみーちゃんはわたしの王子様だよ」
意味がわからずに美紗兎が首を傾げていると、部屋の奥から大きな声がした。
「おい! っざけんなよ! 途中だぞ!」
大きくて嫌な声。茉那はこの人に本当に愛されているのだろうか、不安になってしまう。怖いけど、もし茉那が酷い目に遭っているのなら止めないと。そう思って、美紗兎が小さく握り拳を作った。
茉那が視線をチラリと部屋の奥の方に向けてから、ため息をついた。そして、美紗兎の耳元にゆっくりといつもよりもキラキラとした唇を近づける。
「もう別れるから大丈夫だよ。悪いけど、今日はもう帰って、明日また遊びに来てね」
やけに艶やかな声で小さく囁かれて、美紗兎は思わず背筋を震わせた。「はい……」と小さく溢すように声を漏らしてから、茉那の家を去ったのだった。
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