第101話 急な呼び出し②

茉那の部屋も、美紗兎と同じような一人暮らしの学生向けだから、あまり広くはなかった。部屋に足を踏み入れると、気になるものがいろいろと目に入ってきた。


高校時代の茉那からはあまり連想できないようなものが幾つも置いてあった。


まず気になったのは、高そうなカバンがいくつも置いてあることだった。


(バイトしてないって言ってたけど、お金余裕あるんだな。いいなぁ……)


心の中で羨ましがりながら、部屋に置いてあるものをいろいろ見ていく。メイク道具とか、ドライヤーとかは、高くて良さそうなものが並んでいる。フェイススチーマーなんて、今まで電気屋以外で見たことがなかった。


その一方で大学入学時から同じものを使っているのであろう、テレビとか、冷蔵庫とか、洗濯機のような家電製品は電気屋に売っている一番安そうなもので揃えてあるから、なんだか不思議な感じがした。


比較的簡単に買えるものは高いものが多いのに、買い替えが大変そうなものは手軽に買えそうなものが多かった。


同じ部屋に置いておくには価格のバランスが悪すぎるものたちが、整頓して置いてある。部屋が綺麗なことによって、より歪さが増しているような気がしてしまう。


そして、部屋の真ん中に置かれたローテーブルの上の様子を見て、今日の違和感だらけの茉那の様子に納得した。


「ああ、そういうことですか……」


テーブルの上には美味しそうなリンゴの絵の描かれた度数3%の缶チューハイの缶が置かれていた。


「茉那さん、これ飲んで酔っちゃってるんですね……」


缶を持ち上げると中身が揺れる。まだ三分の一ほど残っているみたいだ。茉那の顔を明るい部屋の中で見ると、いつもよりも頬が紅潮しているようにも見えた。


美紗兎は飲んだことがないからわからないけれど、3%の缶はほとんど酔わないらしいから、茉那がお酒にあまり強くないことは察した。


美紗兎が缶チューハイに気を取られていると、茉那に声をかけられる。


「さ、みーちゃん座ってよ」


茉那の言葉に従って、テーブルを挟んで茉那の正面の席に座ろうとした。


「みーちゃん、こっちだよ?」


茉那が自分の座っている場所のすぐ横をトントンと手のひらで叩いた。


横に座って欲しそうにしているけど、2人ならテーブルを挟んで向かい合って座る方が自然なのではないだろうか。そう思って、やっぱり正面の席に座ろうとすると、茉那が「ひどいっ」と悲しそうな声を出した。


「えっ、ひどいって何が……」


「みーちゃんもわたしのこと嫌いなんだ!」


みーちゃんという表現は気になったけど、それよりも茉那が目を潤ませてしまっているから、慌てて横に座った。


「ねえ、みーちゃんもわたしのこと嫌いなの?」


横に座った茉那は、美紗兎の手を絡めるようにして握り、下から覗き込むようにして、上目遣いでさっきと同じことを尋ねてきた。


「嫌いなわけないじゃないですか!」


「良かった……」


そう言いながら、茉那が美紗兎に体を預けてきた。茉那が美紗兎に体を近づけて、胸を当てるようにして座る。ふわりと人工的なシトラスの匂いが香ってくる。


今日の茉那は、いつものスキンシップの為の戯れ合うように触ってくる感じではなく、色気を醸し出しながら積極的に体をくっつけてきていた。


明らかにいつもとは違う茉那の様子に不安を覚えてしまう。一体茉那はどれくらい酔ってしまっているのだろうか。


「茉那さん、お水飲んだ方がいいですよ。わたし取ってきますから」


立ち上がろうとしたのに、茉那は座ったまま美紗兎の腕をギュッと掴んできて、立ち上がれなかった。


「みーちゃん、行かないで……」


「キッチンに行くだけですよ?」


ほんの数歩の移動も茉那はさせてくれなかった。


「みーちゃん、わたしを一人にしないで……」


寂しそうな声をだすから、結局美紗兎はその場から動けなかった。寂しそうな茉那を見ると、美紗兎は心がズキンと痛む。中学生の頃、一人ぼっちの茉那を見捨ててしまった、あの頃の自責の念がワッと湧き出てくるから。


「もう一人ぼっちになんてしませんから……」


聞こえないくらい小さく呟きながら座り直すと、茉那がさらに美紗兎の方に体を寄せ、肩に頭を乗せてきた。窓から入ってくる夜風に揺られて動く茉那の髪の毛が鼻先を触り、くすぐったかった。


「ねえ、みーちゃん、重くない?」


「大丈夫ですよ」


「ありがと……」


弱々しい声でそういうと、茉那は静かになってしまった。スースーと小さな呼吸音だけが聞こえてくるから、初めは眠っているのかもしれないと思った。起こしたらわるいと思って、美紗兎は息を殺していた。


10分ほどそのまま静かにしていると、茉那が小さな声で呟いた。

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