第100話 急な呼び出し①

大学入学前に会った時に感じた、ほんのりよそよそしい茉那の態度は、入学してから暫く経っても変わることはなかった。


何度かキャンパス内で会っても、軽く立ち話をするだけで、茉那はすぐにどこかに去ってしまう。


せっかく茉那と同じ大学に入ったのに全然会えないなんて、考えもしなかった。再開したら茉那が当然のように美紗兎のことを可愛がってくれるものだと思っていたから、完全にアテが外れてしまった。


何度か会いたいことを薄っすらと仄めかしたけど、会ってくれることはなかった。


もっとも、忙しそうな茉那の邪魔をしてしまったら悪いからということで、直接会いたいという感情を伝えていないせいもあるのだろうけど。


「せっかく茉那さんと一緒の大学に入れたのに、まだ一回も遊べてないや……」


一人暮らしの大学生向けの小さなアパートの室内で美紗兎が呟いた。大学に入ってからほとんど人と話さなかったせいか、家にいる時には独り言を呟いてしまう機会も増えていた。


中学時代にそれなりに高かったコミュニケーション能力は、大学受験の勉強を2年間ずっと一人でしていたせいで、すっかり消失してしまっていた。


「どうしよ……、せっかく頑張ったのに。このまま茉那さんと疎遠になっちゃうのかな……」


都内の私立大学だから学費も高いし、今住んでいるアパートの家賃も高い。いたずらにお金だけかかってしまっていて、これでは一体何のためにここまで来たのかわからなくなってしまう。


茉那と同じ大学に行けるということだけをモチベーションに勉強して入学できたのに、途方に暮れてしまう。


そんなことを考えていた矢先だった。スマホが震えたから視線を移すと、ディスプレイに映っている名前に反応してしまう。


「茉那さん!!!」


美紗兎が慌ててスマホを手に取った。電話に出るとすぐに茉那の声がする。


「みーちゃん、今から会える?」


「もちろん!」と大喜びで答えながら、今が何時なのかを確認する。時刻は23:30。ほとんど夜中みたいな時間だった。


「わたしの家に来てもらってもいい?」


「えっと、茉那さんの家ってどこですか……?」


「みーちゃん、ひどい! なんでわたしの家も知らないの?」


「え、でも……」


教えてもらってないから知らないことが当然じゃないだろうか、と思いながらも、美紗兎はごめんなさい、と謝っていた。


「うちの地図送るから、頑張って探して。待ってるからね、大好きなみーちゃん」


そう言って茉那は一方的に電話を切ってしまった。その直後に茉那の家の住所が地図アプリのリンクと共に送られてきた。とりあえず、美紗兎の家からそんなに離れていない距離でよかったと安堵する。


「でも、茉那さんどうしちゃったんだろ……」


いつも美紗兎のことを優先して考えてくれていた茉那なのに、今日は随分と自分勝手な気がした。いつもと違いすぎて心配になってしまう。


(もしかして、何か困ったことに巻き込まれてるんじゃ……)


そんな感情が湧き上がって、一気に不安になってきた。冷静に考えて、何もないのに茉那があんなに身勝手な態度を取るはずがない。


美紗兎は慌てて夜道を駆けた。新緑の繁る公園を抜けながら、茉那の家へと急いだ。


息を切らせながらたどり着いて、思いきり呼び鈴を押した。


「茉那さん、茉那さん……! 美紗兎です! 大丈夫ですか?」


インターホンから声がするよりも先に、美紗兎の方から名乗った。大丈夫かな、と不安気にドアが開くのを待っていると、のんびりとした調子で中から「はいはーい」と茉那の声が聞こえた。


ドアが開くと、可愛らしい桜色のネグリジェ姿の茉那が出てきた。ゆったりとしたサイズのネグリジェを、上の方のボタンを開けて着こなしているから、茉那の大きな胸を隠し切れず、乳房の上の方がしっかり見えてしまっている。不安になるくらい無防備な格好だった。


高校時代の茉那は、コンプレックスだった大きな胸があまり目立たないような服を着ていたのに。


「みーちゃん、しんどそうだけど、どうしたの?」


普段よりも大袈裟に小首を傾げている茉那を見て、美紗兎は何か勘違いをしたのかもしれないと思った。どうやら、別に緊急の用事ではなかったみたいだ。


「えっと、茉那さんが急に呼び出したから、大変なことになってるのかと思って……」


美紗兎が語尾を小さくしながら伝えた。


「大変なこと?」


「もし、茉那さんがトラブルにでもあっていて、わたしのことを呼び出したんだったら、すぐに駆けつけないと思ったんですけど……。杞憂だったみたいで良かったです」


美紗兎がえへへ、と照れ隠しで笑った。


「もうっ、みーちゃんはおっちょこちょいだなぁ」


茉那がクスクスと小さく笑った。


そして、そのあとに腕を伸ばして、美紗兎の頭に乗せて、撫でてきた。


「でも、ありがと。偉いね。みーちゃんはわたしの王子様みたい」


「王子様って……」


美紗兎は苦笑した。でも、悪い気はしなかったし、むしろ嬉しかった。


「さ、立ち話もなんだし上がってよ」


茉那が美紗兎の手を引っ張る。


「あ、ちょっと待ってください。まだ靴履いたままです!」


茉那が強引に引っ張るから、靴を脱ぎ捨てながら、部屋にあがった。


スニーカーを玄関に散乱させながら、美紗兎は部屋入ったのだった。

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