第99話 入学
「みーちゃん、すごいよ! 本当に合格したんだね! おめでとう!」
背伸びをした茉那にギュッと抱きしめられて、自分の受験番号をネットで見た時以上に大学に合格したことを実感した。
(わたし、本当に茉那さんと一緒の大学に通えるんだ……!)
茉那とは入学式よりも先に、下宿先への引っ越しが終わった日の夜に早速会うことになった。
半年前の夏休みにあったときと違って、茉那の髪色は昔のような綺麗な黒髪になっていた。
だけど、昔に戻ったようには感じられなかった。乾いた絵の具の上に別の色を塗り重ねて、別の似て非なる色を作り出したような、そんな風に見えてしまう。
相変わらずコロンの匂いが漂っているからだろうか。ばっちりメイクをしているからだろうか。それとも、大学生という雰囲気がそうさせるのだろうか……。
そんなことを考えていると、右耳についている可愛い星が月明かりに反射して、少しだけ光ったのが目についた。
「茉那さん、これ……」
茉那の右耳についているピアスを指差した。高校時代の茉那はピアスの穴なんて空けるタイプではなかったから、驚いてしまった。
「この間先輩に空けてもらったんだ。可愛いかな……?」
はい、と大きく頷いたけれど、困惑の感情のほうが大きかった。
会うたびに変化していく茉那がどんどん遠い人になってしまっているような気がしてしまう。
それでも、優しく微笑む姿を見ると、間違いなく幼い頃からずっと一緒にいる茉那に違いないということはよくわかった。
視線の先にいる茉那は、変わった部分も多かったけど、それでもやっぱり茉那だ。きっとしばらくすれば変化にもなれるだろう。
そんなことを考えてジッと見つめていたら、茉那が首を傾げた。
「みーちゃん、わたし何か変かな? もしかして、メイク崩れてる?」
茉那は不安そうに鏡を取り出して、自分の顔を確認しだした。
「え? 大丈夫ですよ。普通にいつも通り可愛いですから!」
思わず茉那のことを可愛いと大きな声で言ってしまった。本心には違いないけど、そんなことをストレートに伝えてしまうなんて、恥ずかしい。
だけど、茉那は慣れたように作り笑いを浮かべ、ありがと、と軽く言って、また鏡に視線を戻した。
「良かった、メイク崩れてなかったみたい」
茉那がホッと息を吐いた。
「茉那さん、またちょっと雰囲気変わりましたね」
ジッと見つめていた理由を勘違いされると恥ずかしいので、美紗兎が素直に尋ねると、茉那が首を傾げた。
「そうかな? みーちゃんと会った夏休みのときからそんなに変わってない気がするけど……。ちょっと髪色は変えたからそのせいかな? ……でも、黒に戻しただけだし、なんでだろうね」
変わっていないのだろうか。美紗兎がしばらくあっていないから、さらに変化したように感じてしまっていただけなのだろうか。
少なくとも、茉那自身が変化していないと思うのなら、あまりそのことには触れない方がいいと思いつつ、美紗兎は微笑む。
「前に会ったときよりもさらに綺麗になってるから、そんな気がしちゃったのかもしれないです」
「そっか、ありがと」
また簡単にお礼を言った茉那は、スマホで時刻の確認をしていた。もうこんな時間、と小さく呟いてから、美紗兎の方に軽く微笑みかけた。
「みーちゃんとまた同じところに通えて嬉しいな。何かあったらまた連絡してね。それじゃあ、またね」
そして、茉那は軽く手を振ってから去ろうとする。
「あ、茉那さん……」
久しぶりに再開できたので、この後ディナーにでも一緒に行けるものだと思っていたから、思わず引き止めてしまった。
美紗兎が引き止めようとすると、茉那が小首を傾げた。緩く巻かれた真っ黒な髪の毛が春の夜風に揺られる。
「みーちゃん、どうかしたの?」
「あ、いえ……」
まさか、一緒にカフェにいくと勝手に思い込んでいたのに、茉那にその気がなさそうで困惑している、なんて恥ずかしい言葉を伝えられるわけがない。
「茉那さん、これからどこか出かけるんですか?」
「そのつもりだったけど……。みーちゃん、どうかしたの? 何か心配なことがあるなら聞くよ?」
「いえ……、何でもないですよ」
美紗兎がえへへ、と少し寂しそうに笑った。いつもの茉那ならこのまま心配を続けてくれるはず、という勝手な信頼感もあった。
だけど、今日の茉那は表面上の美紗兎の言葉で納得してしまったみたいだ。
「そっか、なら良いんだけど。でも、もし何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれたらいいからね」
茉那も微笑んでから、そのまま美紗兎を振り返ることなく足速に去っていった。
茉那の口調は終始優しかったし、自分の用事よりも美紗兎のことを優先しようとはしてくれた。
だから、本来なら何の不満も持つべきではない。
それなのに、茉那がすぐに去ってしまったことに不満を抱いてしまう。どんどん小さくなっていく茉那の姿を見送りながら、美紗兎はため息をついたのだった。
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