第97話 また会うために③
席について、真正面から茉那と向かい合う。明るい場所で落ち着いて見ると、改めて茉那の雰囲気が変わったことがわかる。
元々本人に自覚がないだけでとても整った顔をしていた茉那が本気でオシャレをしているから、アイドルみたいに可愛らしくなっていた。
近くの男性客がチラチラと茉那の方へ視線を向けているのもわかった。
「茉那さん、すっごい綺麗になりましたね」
そう言ってから、まるで今まで綺麗じゃなかったみたいな言い方になってしまったかも知れないと思い、慌てて付け加える。
「もちろん、今までもすっごく綺麗でしたけど」
「そんなに変わったかな……、ってすっごく変わったよね……」
美紗兎がはい、と元気に頷くと、茉那が俯きがちに笑った。綺麗になったのは良いことのはずなのに、なぜか茉那は変わったことが不本意であるかのような笑い方をした。茉那は髪の毛を指先でクルクルと回しながら、困っていた。
「茉那さん、何にしますか?」
メニュー表を茉那に渡す。
「わたしは和風パスタにしようかな」
「じゃあ、わたしはボロネーゼにします」
どのパスタも美味しそうで目移りしたけど、結局無難にボロネーゼを選択した。
店員さんに注文を伝えてから、茉那に恐る恐る尋ねた。
「わたしはとっても素敵になったと思いますけど……、変わったの、嫌だったんですか?」
「嫌ではないよ。みーちゃんに褒めてもらえて嬉しいし」
「でも、なんだか気落ちしてるみたいですよ?」
「どうなんだろう。これで良かったのかな……」
「茉那さん、自分で好きでオシャレしてるんじゃないんですか?」
「うん、好きでやったよ。変えた時はこの方がきっと良いんだって思って。
梨咲さんという知らない人物が出てきたことや、感情の答えという茉那が悩んでいるものが一体何なんだろうか、ということも疑問ではあった。だけど、一番気になってしまったのはそこではない。
「あの……、茉那さん、もしかして彼氏できましたか……?」
「え?」
茉那はあっけに取られてような表情をしている。恋をたくさんしたら、の部分が気になって思わず尋ねてしまった。
もっとも、聞く前からなんとなく答えはわかっているけれど。今のアイドルみたいに華やかで、ほんのり影のある姿の素敵な茉那がモテないはずはないのだから。本人が恋をしたがっているのなら、すぐに恋人はできてしまうだろう。
恋人がいたら、もう茉那が振り向いてくれることは絶対にないだろうから寂しいけれど、一緒に喜ぼうと思っていた。
「みーちゃんの方こそ、彼氏さんとかできたの?」
茉那の答えを聞くより先に質問を返されてしまい、美紗兎は少しの間、フリーズしてしまった。茉那は明らかに恋人の有無について答えることを拒んでいる。
「えっと……、いないです」
美紗兎はありのままの状況を答えた。ずっと茉那しか見ていないのだから、いるはずがない。
答えてから、今度こそ茉那の恋愛事情を聞き出そうとしたのに、茉那は間髪入れずに言葉を挟んだ。
「そうだよね、今受験勉強で忙しいもんね。しかも、みーちゃん今かなり厳しい塾行ってるんでしょ? 勉強頑張ってて偉いね」
茉那に優しく微笑みかけられて、美紗兎はえへへ、と笑う。茉那の包み込むような微笑みに、美紗兎は弱い。
「わたしは茉那さんみたいに賢くないので、そうでもしないと大学に行けるか心配で……」
一応茉那と同じ大学を目指していることは隠しておいた。突然キャンパス内でバッタリ会って、また茉那が驚いて喜んでくれたら嬉しいから。
「そんなことないよ。あそこの塾の難易度についていけてる時点でわたしよりずっと賢いよ。難しいもんね」
「そ、そんなことないですよ」
茉那に褒められて、美紗兎はぎこちなく頭をかいた。
茉那に彼氏ができたかどうか聞くこともすっかり忘れて、店員さんの持ってきてくれたボロネーゼを口に運ぶ。ホロホロとした優しい食感のひき肉と、歯応えの良いパスタが上手に絡み合って美味しかった。
夏期講習で疲れた体には茉那との触れ合いは素晴らしいリフレッシュになったのだった。
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