第96話 また会うために②

夏休みも終盤になると、夏休みのスケジュールを埋め尽くしていた夏期講習の予定により、美紗兎はすっかりヘトヘトになっていた。


だけど、もう少ししたら1年以上ぶりに茉那に会えるのだと思い、頑張った。それに、受験期を乗り越えれば、また毎日好きなだけ茉那と会えるのだから、今だけの辛抱である。


(早く授業終わらないかなぁ……)


英語のテキストの端っこにウサギの絵を描きながら、授業を聞いていた。時計を見たら、まだ20時が過ぎたところ。


いつもは集中して聞いている授業も、今日は上の空な態度で聞いてしまっていた。久しぶりに茉那と会える時間が近づくにつれて、気持ちは授業どころではなくなっていく。


一緒にいればとても落ち着く、優しい茉那の素朴な雰囲気を思い出すと、にやけが止まらなくなってしまうから、慌ててテキストに視線を集中させた。それでも、すぐにまた茉那のことを考えてしまう。


(今日は茉那さんに会ってしっかりリフレッシュするんだ!)


そんなことを考えながら、時計が進むのを待っていた。


「終わった!」


22時になって授業が終わった時に、思わず声に出してしまったから、周りの子たちから白い目で見られてしまった。


でも、そんなことはどうでも良い。茉那と会えるという高揚しきった気分の前では、些細な恥ずかしさなんてどうでも良かった。


塾の近くの噴水のある公園で、茉那が待っていてくれているらしいから、慌てて向かった。


普段は授業が終わった後のカバンはずっしり重たくて、疲れ切っていて足取りも重いけど、今日はとっても軽く感じる。跳ねるようにして、小走りで公園に向かった。噴水のところにいるはずの茉那の元に。


公園の入り口へやってくると、人影が見えた。あれが茉那で間違いない。そう思って駆け寄る。


だけど、その姿に違和感があった。


「あれ……?」


目元まで覆っていた真っ黒なおさげ髪に、真面目そうなメガネ姿。一緒にいると安心させてくれる、垢抜けなくて幼い雰囲気。美紗兎の中での茉那のイメージは、そんな見た目だった。


だけど、噴水の前に立っている子は美紗兎の思っていた茉那の姿とは全然違う。


いや、間違いなく茉那であることは、立ち姿や、見た目以外の雰囲気からだけでもわかる。


でも、茉那のはずなのに、見た目のイメージが全然違ったから、少し混乱してしまう。視線の先にある茉那らしき女性の後ろ姿は、ミディアムの長さのミルクティーブラウンカラーの髪をふんわりと巻いた大人びたものだった。


「茉那さん……?」


後ろ姿に向かって恐る恐る呼びかけてみると、振り向く前からわかるような、嬉しさに満ち溢れた様子で、茉那は振り向いた。


こちらを見つめる茉那の顔もやっぱり昔よりも派手になっていた。元々とっても大きかった目が、メイクでさらに大きくなっていたり、少し乾燥気味だった肌に潤いが出て、血色が良くなっていたり、変化している部分はたくさんあった。


昔の一緒にいると安心感のある茉那とは、雰囲気が大きく変わっていた。茉那で間違いないのに、まるで別人と会っているみたいで心の中に不安の感情が湧き出してしまう。


だけど、茉那はそんな不安を一掃するみたいに、パッと嬉しそうな笑みを浮かべた。


「みーちゃん! 会いたかったよー!」


ギュッと美紗兎のことを抱きしめる茉那からは人工的なシトラスの爽やかな匂いが香ってきた。きっとコロンをつけているのだろう。この匂いも、もちろん良い匂いだけど、昔の茉那の自然そのままの、日向ぼっこをしているネコみたいな匂いが好きだったから、少し寂しかった。


でも、今の茉那の方がたくさんの人から好かれそうな雰囲気ではあった。


「わたしも会いたかったです」


会いたかった気持ちに偽りはないから、そのまま伝えた。


ギュッと抱きしめあっていたら、すぐに汗がまとわりついてくる。真夏に塾から小走りでやってきた美紗兎も、長い時間外で待っていた茉那も共に普段よりも汗をかいていた。


茉那が苦笑いしながら、体を離した。


「外だと暑いし、お店いこっか」


2人で歩いていくと、数分後には目的のパスタ専門店に着いた。


「茉那さん、来たことあるお店なんですか?」


「ううん、地元なのに全然知らなかったよ。スマホで調べて初めて知った。意外と地元のお店って知らないところが多いね」


微笑みながら入店していく茉那の後ろから、美紗兎も着いていく。後ろ姿だけ見ていると、見知らぬオシャレなお姉さんと一緒にお店に入っているような気がして不思議だった。


すでに夜の22時を回ってはいたけど、店内にはお客さんは多かった。


飲んだことはないけど、店内に漂う葡萄みたいな匂いがワインであることは、他のお客さんのグラスに入っている飲み物から察した。


「お酒が美味しいお店らしいけど、わたしたちはやめておこうね」


「当たり前ですよ、わたしたちまだ未成年なんですから」


茉那がそうだね、と嬉しそうに微笑んだ。


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