第95話 また会うために①
高校に入学してから1年間、美紗兎はほとんどの時間を3年生の茉那と共に過ごした。
その間、一緒に学校から帰ったり、一緒にお弁当を食べたり、一緒に甘いものを食べたり、一緒に夏祭りに行ったり、茉那にフラれたり、楽しいこともほろ苦いこともあったけど、美紗兎にとって、とても楽しい1年間だった。
だけど、茉那は当時高校3年生だったから、必然的に美紗兎よりも先に卒業してしまう……。
まだほんのり寒い3月下旬の朝、美紗兎は東京の大学に進学する茉那の見送りに行っていた。
「みーちゃん、体に気をつけてね……!」
最寄り駅のホームで、電車が出発するギリギリまで茉那が抱きしめてくれていた。
頬同士をくっつけていたから、茉那の涙がどんどん美紗兎の頬に触れていく。美紗兎は頑張って涙を堪えていたけど、本当は茉那と一緒に思い切り泣きたかった。せっかく再開できた茉那とまた離れ離れになるなんて、耐えられる自信がなかった。
それでも、茉那のことは明るく送り出してあげたかった。美紗兎は必死に笑顔を作る。
「茉那さんも、元気にしてくださいね」
電車の出発のアナウンスが入るから、えへへ、と小さく笑ってから、茉那から離れた。
電車に乗り込み、ドアが閉まった後でも、鼻先を真っ赤にして、茉那が美紗兎のことをじっと見つめていた。美紗兎は潤んだ目で笑顔を作って、手を振り続ける。どんどん小さくなっていく電車をしばらくの間見つめながら。
「茉那さん、ほんとに東京にいっちゃったんだ……」
電車が完全に見えなくなってから、実感が一気に押し寄せてきて、美紗兎はフウッと大きくため息をついて、晴れ渡った青空を見つめた。嫌になるくらい澄み切った綺麗な青空を。
美紗兎は家に帰って、部屋で一人泣いていた。
茉那は上京して、とても賢い私立大学に行ったから、春からは一人暮らしを始めることになる。東京の大学に行くことは前から分かっていたけれど、いざ茉那が出発してしまうと、寂しさが一気に押し寄せてきた。
受験シーズンになっても、ずっと毎日一緒に帰ってくれた優しい茉那が近くにいないことへの不安が急激に押し寄せてくる。
「茉那さん……」
去年の誕生日に茉那にもらったうさぎのキーホルダーを胸元で優しく抱きしめた。そして、決意する。
(まだ受験まであと2年あるし、茉那さんと一緒の大学に行こう……!)
茉那は学年トップレベルの成績で都内の最難関私立大学に行ったから、正直美紗兎の今の成績で追いかけるのは難しい。
今の美紗兎は学年の中で下の上くらいの、全教科赤点ギリギリ回避くらいの成績。大変かもしれないけど、また毎日茉那と一緒に会うために、ひたすら受験に向けて頑張るしかない。
幸い美紗兎たちの通っていた高校はそれなりの進学校だったから、受験へのサポートは手厚かった。おかげで美紗兎の成績は本人の努力にきちんと応えるようにして、トントン拍子に上がって行く。
放課後誰かと遊びに行ったりはもちろんしなかったし、スマホもほとんど使わなかった。スマホは茉那と時々連絡を取るためだけの道具として使っていた。
高校3年生の夏休みには地元で一番厳しい塾を選んから、ほぼ全ての時間を受験勉強に費やすことになったけど、茉那と同じ大学に行くためだと思えば、まったく辛くはなかった。
それに、時々送られてくる茉那からのメッセージを見たら、疲れなんて吹き飛んでしまう。家に帰って、ベッドで横になりながら、スマホを見る。
『受験勉強どう?』
『夏休みなのに授業ばっかりでぐったりです』
『頑張ってるんだね』
『もちろん!』と文字の書いてある、胸を張って自慢げにしているウサギのスタンプを送った。
『あんまり無理しちゃダメだよ。みーちゃんは頑張り屋さんだから、程々にね』
『あと半年頑張ったら楽しい大学生活が始まるんですから、全然へっちゃらです!』
『みーちゃんは偉いね』
茉那に褒めてもらって、美紗兎は両手で自分の頬を押さえた。この調子だと大学で再会できたらもっと褒めてくれそうだ。そう思うと、今からワクワクした気持ちが抑えられなくなってくる。
そんなことを考えていると、茉那から続けてメッセージがきた。
『そういえば、8月の下旬ごろに三日ほど帰省するつもりなんだけど、会えるかな?』
「ひゃっ」と小さく喜びの声を上げながら、慌てて起き上がり、カレンダーを確認する。8月の終盤のスケジュールは、当然のように全部の日に講習の予定を表す丸印がついていた。
『昼間は塾があるので、夜の22時以降か朝の8時までの時間なら……』
茉那相手なら塾を休んでしまおうかとも思ったけれど、この間の高校3年生対象の模試の成績もあんまり良くなかったから、サボりづらかった。それに、また茉那と一緒に大学で会うためには一日たりとも手は抜けない。
『わたしは大丈夫だけど、みーちゃんは大丈夫なの? そんなにいっぱい勉強してるんだったら、休んだ方がいいんじゃないの?』
『茉那さんと会ったら疲れなんて一気に吹っ飛んじゃいますから、会った方が休めます!』
『じゃあ、塾帰りに晩御飯でも食べよっか』
夜の22時以降に遊びで出歩いたことなんてなかったから、少し緊張してしまう。茉那も高校時代には夜遅い時間に出歩いたことなんて、花火大会くらいだったはず。その花火大会だって21時過ぎくらいには家に帰ったし。
やっぱり大学生になったら夜の外出にも抵抗が無くなるのだろうか。そんなことを考えながら、茉那に二つ返事で喜びのメッセージを入れていたのだった。
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