Ⅴ
第94話 ファミレスにて
「誰もいなくてよかったわね」
店に入って、座った美衣子はまず店内に客がいないことにホッとした。露出狂スタイルの
一応店員さんはいるけれど、ほとんど厨房に入っていて、美衣子たちの方には興味はなさそうだった。
それに、美紗兎はコートの内側が見えないように着こなしているから簡単にバレることはなさそうだ。
「とりあえず、明るい場所にいても中がみえなさそうでよかったわ」
まあ、まだ秋なのに店内でコートを脱ごうとしない時点で怪しいといえば怪しいのだが。
「あんまり服装のことには触れないでくださいよ……」
「そうね。聞きたいことは山ほどあるし、そんなことで時間をとっている場合じゃないわね」
美衣子がため息をついたから、美紗兎が身構えた。
「とりあえず、何から聞いたらいいのかわからないけど……」
美衣子が冷めた目で美紗兎を見つめると、美紗兎は思わず視線をテーブルの方に逸らした。
「そうね、さっきは人の名前勝手に使ってイチャついてたわけだけど、あなたたち付き合ってるってことでいいのかしら? わたしはあなたたちの恋を満たすために利用されたスパイスってわけ?」
冷たい声で質問すると、美紗兎が慌てて髪を振り乱しながら首を横に振った。
「あの、本当にごめんなさい。わたしが悪いんです……」
「誰が悪いとか聞いてないし、謝ってほしいわけでもないわ。質問に答えてほしいの」
「わたしと茉那さんは付き合ってなんてないです。もう高校時代にしっかりとふられてますし……」
「ふーん、じゃあ茉那は付き合ってもいない人を利用して高校時代に片思いしていた相手と擬似セックスをしちゃうような変態ってこと?」
美衣子が尋ねると、美紗兎は俯いて、何も答えなくなった。
「ねえ、黙っててもわからないんだけど?」
「茉那さんは変態じゃないです……」
美紗兎がかろうじて言葉を絞り出す。
「ねえ、さっきから話がフワッフワしていて何が言いたいのかまったくわからないんだけど?」
美紗兎はコートの裾をギュッと握り締めた。
「変態はわたしです……」
裸の上にコートを羽織っている姿でそう言われると、格好が変態みたいになってしまうけど、当然そう言う意味ではないのだろう。美衣子は次の言葉を待った。
「わたしが傷心していた茉那さんにつけ込んで、体の関係を作っちゃったんです……」
「体の関係ねえ……。ていうか傷心って何よ。一体何があったの? 茉那が誰かにフラれたとか、そういうこと?」
「それは……」
美紗兎の言葉の続きを待ったけどその続きはどれだけ待っても出てこなかった。美衣子が机に頬杖をつきながら、気だるそうに美紗兎を見る。
「ねえ? まだ隠し事するつもり? もうこのまま話を終わらせてもわたしはいいのよ?」
「……わたし、知らないんです」
美紗兎が怯えたように、上目遣いで美衣子のことを見る。
「しらばっくれてるってこと? 傷心していたことは知っているんでしょ? それなのに理由がわからないの?」
駆け引きが苦手そうな美紗兎でも心の隙につけ込んでしまえるような大きな出来事があったのに、当の美紗兎がその原因を知らないなんてことがあるのだろうか。
「少なくとも、あの日、あんな状態の茉那さんに真実を確認する度胸なんて、わたしにはなかったです……。茉那さん、きっとその話をしたくないと思うし、思い出したくもないと思いますから、今まで何も聞いてないですよ。わたしは茉那さんが傷つくことはしたくないので……」
訝しそうな目で美衣子が見つめると、美紗兎は念を押すように、「ほんとですよ……」と付け加えた。
「じゃあ、一応信じるけど。でも、今のままだとわたしを説得するだけの材料はないからね?」
「わかってます。……なので、わたしの知っている茉那さんのことは全部お話しします。そしたら美衣子さんは茉那さんの元に戻ってくれるんですよね?」
「内容によるわよ。ていうか、そもそもなんでわたしに茉那の近くにいてほしいわけ? わたしがいても我慢できないくらい2人でエッチするのが好きなんだったら、わたしはいても邪魔じゃないの?」
「み、美衣子さん、そういうことはお店の中では……」
「いいわよ、どうせお店に誰もいないんだし。それに、人に言えないようなことを、人が泊まっているときにしたのは美紗兎ちゃんと茉那の方よ?」
「そうですけど……」
美紗兎が恥ずかしそうに俯いてから呟いた。
「わたしはとにかく茉那さんに幸せになってほしいんです。その為にはどんなことだってしますよ。だから、美衣子さんには茉那さんの元に戻ってほしいんです」
「人の幸せのために利用されてるこっちの身にもなってほしいわね」
そういうと、また美紗兎がシュンとした。美紗兎は美衣子の機嫌を損ねるわけにはいかない立ち位置だから、何を言われても言い返せないのだろうか。
そう考えるといじわるをしているみたいで自己嫌悪の感情が押し寄せて、ちょっとかわいそうになってしまう。
これ以上無駄に会話を重ねると、また冷たいことをいってしまいそうだから、急かすことにした。
「もうなんでもいいわ。さっさと話したいこと話して」
「とりあえず、わたしの知っていることは全部話しますね……」
美紗兎がゆっくりと昔を振り返り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます